2006年09月22日

『聖なる泥棒』エリス・ピーターズ 

『聖なる泥棒』エリス・ピーターズ 岡本浜江訳 光文社文庫
"THE HOLY THIEF" Ellis Peters
ISBN: 4334761690

 1144年9月16日、暴虐の限りを尽くしたジェフロワ・デ・マンデヴィルが破門されたまま、世を去った。ジェフロワに略奪されたラムゼー修道院のウォルター大修道院長は、修道院の復興をはかるため、援助を求めて各地に使者を派遣した。

 年があけて雪解けも近いころ、シュルーズベリの聖ペテロ聖パウロ修道院にも、ラムゼーの副院長補佐へールインと見習い修道士チューティロが派遣されてきた。音楽の才能に恵まれたチューティロの歌声は、ついに寝たきりとなったドナータ夫人にとって何よりの慰めとなった。

 修道院には、プロヴァンスから来てチェスターに向かう吟遊詩人一行も泊まっていた。吟遊詩人はペルチェイのレミーという名で、従者ベネゼットと奴隷の生まれの歌い手ダーアルニーを連れていた。

 ラムゼーからの一行が着々と寄付を集め、帰途に就こうかというとき、シュルーズベリを洪水が襲う。そのごたごたの中で、聖ウィニフレッドの聖骨箱の行方がわからなくなった。正体不明の修道士がラムゼーに向かう荷馬車に積み込ませたのだ! 正体不明の修道士とは? そして聖ウィニフレッドの聖骨箱はどこに?

 この時代の聖遺物をめぐる状況が興味深い。奴隷という身分もあったのだなと改めて考えさせられた。

 死の床にあるドナータ夫人とチューティロがともに過ごしたひととき、それは互いにとって忘れがたい時間となったことだろう。



「罪は見破られそうになると、むきだしではいけないとばかりあらゆる形のベールをかぶろうとするものだ。」

『デーン人の夏』エリス・ピーターズ 

『デーン人の夏』エリス・ピーターズ 岡達子訳 光文社文庫
"THE SUMMER OF THE DANES" Ellis Peters
ISBN: 4334761615

 1144年4月の終わり。シュルーズベリにあるベネディクト会聖ペテロ聖パウロ修道院に懐かしい人が訪ねてきた。小柄なその人は、かつてカドフェルの助手を務めていたマーク修道士。今は助祭となったマークは、リッチフィールドの司教ロジャー・ド・クリントンの命を受けてウェールズのセント・アサフ司教区へ使者として派遣され、その途中、シュルーズベリに宿を求めたのであった。書簡と贈物を携えたマークは、ウェールズ語の堪能なカドフェルを道案内兼通訳として伴い、ウェールズへ向かう。
 
 ウェールズでは、グウィネズの領主オエインの弟キャドウォラダが兄と対立し、何かと問題を起こしていた。前年の秋、キャドウォラダの側近がオエインの娘の婚約者であるデヒューバースの領主を待ち伏せして殺害したため、激怒したオエインは弟の館を焼き払い、領地から追放した。

 セント・アサフの司教館についたマークとカドフェルは、長身で溌剌とした少女にもてなされる。黒髪に紫の瞳の少女へレズは、新たに聖堂参事会員となったメイリオンの娘だった。聖職に就くメイリオンの立場上、娘がいるのは好ましくないため、急遽へレズはアングルシーに土地を持つ男のもとに嫁ぐことになった。

 オエインの屋敷に着いたとき、キャドウォラダがデーン人を雇い、船で押しかけたとの知らせが入る。キャドウォラダの部下が殺害され、へレズが行方不明になる。殺害したのはだれ? へレズはどこに? 


 懐かしいウェールズへ向かうカドフェルの心のはずみがこちらにも伝わり、読みながらわくわくした。マークに思い出話を語るカドフェル、14歳のころのカドフェルに思いをはせた。

 デーン人とは巻末の解説によると、「本来はデンマーク人の呼称ですが、広くは北欧各地からブリテン島に侵入したヴァイキングの総称となっています。」とのこと。荒くれだけど見目美しいヴァイキングにときめいてしまった。

 優雅でありつつ、自分の意志を貫くへレズが魅力的。兄と弟、父と娘、仕えるものと仕えられるものの確執がしっかり書き込まれ、すぐれた人間ドラマと言える。お話としてもおもしろく、シリーズの中でもお気に入り度がかなり高い作品である。 
 
 

「わしには背が高すぎると? どうだ、ヒュー ? カドフェルはそう思いながら葦毛の高い鞍にひらりと飛び乗り、その身軽さにわれながら感心し気をよくした。わしが旅への欲求を失っておるかどうか、きみが生まれるまえに東方で学んだことを忘れてしまったかどうか、まあ見ておるがよい。」

 

『陶工の畑』エリス・ピーターズ 

『陶工の畑』エリス・ピーターズ 大出健訳 光文社文庫
"THE POTTER'S FIELD" Ellis Peters
ISBN: 4334761585

 修道士カドフェル・シリーズ第17作。

 1143年8月。シュルーズベリ大修道院とホーモンドにある聖アウグスティノ修道会聖ヨハネ小修道院との間で所有地の交換が行われた。新たに所有地となった土地を耕作しているとき、鋤が女性の黒髪を掘り起こした。そこには、毛布に包まれた女性の白骨化した死体が埋められていた。

 その土地は、ロングナーの荘園主ユード・ブラウントからホーランドの修道院に寄付され、陶工ルアルドが借り受けて畑としていた。ユードは戦死し、長男ユードがあとを継いだ。父の亡骸を家まで運んだのは、ベネディクト会ラムゼー修道院に見習い修道士として入っていた次男サリエンだった。

 ルアルドは妻ジェネリーズを残してシュルーズベリの修道院に入り、ジェネリーズの姿はかき消すように消えた。ジェネリーズは黒髪の美女だった。今は修道士の誓いを立てたルアルドに、ジェネリーズ殺害の疑いがかけられる。

 懇願する妻を置いて修道院に入ったルアルドは西洋版西行か? ジェネリーズの悲憤を思うと、これはあまりにむごい制度ではないかという気がする。

 幾つもの思いが重なり合った物語である。年上の美女に寄せるほのかな思い、寂しさを慰め合うようなかかわり合い、若い娘のまっすぐな眼差し。それぞれの思いが切なく感じられる。

 最初の場面でアラインが登場するのが嬉しい。カドフェルの名づけ子ジャイルズももう3歳になるのかと思うと感慨深い。
 
ウイジントンの荘園主の娘で賢明で情愛深いパーネル・オットミアにも惹かれるが、戦死したユードの未亡人で重い病に苦しみながらも威厳と優雅さを失わないドナータが印象的である。


「わたしたち二人には秘密は不要でした。二人には憎しみもなく、残されたのは悲惨を分かち合うことだけでした」

『異端の徒弟』エリス・ピーターズ 

『異端の徒弟』エリス・ピーターズ 岡達子訳 光文社文庫
"THE HERETIC'S APPRENTICE" Ellis Peters
ISBN: 4334761542

 1143年6月、聖ウィニフレッド移葬祭を3日後に控えた聖ペテロ聖パウロ修道院に、高貴な客が訪れた。その客とは、カンタベリー大司教テオバルドの部下ジェルベール。ジェルベールはテオバルドの使いとしてチェスターのレイナルフ伯のもとに向かう途中、馬が脚を痛めたため、修道院に宿を求めたのであった。

 そしてまた、別の一行が修道院を訪れた。羊毛商で羊皮紙も扱っていたウィリアムとその番頭イレーヴ。聖地巡礼に出て7年、ウィリアムはフランスで客死し、イレーヴはその亡骸を遺族のもとへ連れ帰ったのである。ウィリアムの店は甥のジラードが継ぎ、実直なオールドウィンが番頭職を継いだ。ウィリアムにはフォーチュナータ(幸運)という養女がおり、その娘の結婚持参金として、見事な彫刻が施された箱をイレーヴに託していた。

 イレーヴはウィリアムの遺志を尊重し、遺骸を修道院の墓地に埋葬してもらうよう求めるが、厳格なジェルベールはウィリアムを異端者とし、その願いを退けようとする。イレーヴは主人を弁護し、ウィリアムの願いは聞き届けられるが、その弁護ゆえにイレーヴが異端者として、ジラードの番頭オールドウィンに告発される。その直後、オールドウィンが死体で発見され、イレーヴに殺人の容疑がかけられる。

 異端論争は難しい。庶民の立場から見ると、ジェルベールの厳格な理論よりイレーヴの疑問の方がもっともらしく思われた。

 美しい箱とその中身をめぐる謎はとても興味深く、最後に明かされた真相に魅了された。

 いつものさわやかな読後感に加え、ちょっぴり知的興奮と、はるかな文明に思いをはせる楽しさも味わえた。


「じつをいうと、わしの場合もきみとそっくりだったと思いはじめておったのだよ。種が落ちたところに草は生える。そして日照りや手荒な扱いに遭うほど、深く根を下ろすものなのだ」

2006年01月27日

『ハルイン修道士の告白 修道士カドフェル・シリーズ15』

『ハルイン修道士の告白 修道士カドフェル・シリーズ15』
 エリス・ピーターズ 岡本浜江・ 光文社文庫
 ISBN: 4334761534

 シュルーズベリーにある聖ぺトロ・聖パウロ修道院では、クリスマスを前に屋根の補修作業を強いられる。あまりの大雪のため屋根に穴が空き、溶けた水がたまたま滞在していた司教の使者めがけて降り注いだのだ。作業のさなか、ハルイン修道士が屋根から転落し、瀕死の重傷を負う。

 死を覚悟した彼は、若き日の罪をラドルフェス院長とカドフェルに告白する。命をとりとめたハルインは罪を償うため、カドフェルも同行して、かつて暮らしたヘイルズの荘園に向かう。ふたりはさらに遠方のエルフォードへ足を伸ばすこととなる。


 おおよその展開は読めるが、それでも楽しく読んでいける。そして、一抹の悲しさは残るものの、読後感はすがすがしく、希望に溢れている。これこそカドフェル・シリーズを読む楽しさといえよう。そこここに含蓄のある文章がちりばめられているのも嬉しい。

 若き日の切ない恋、若者たちの一途な恋もさることながら、誇り高い奥方アデレーズの強さと翳りが属象に残る。エリス・ピーターズは年を重ねた女性の美しさを描くのがうまい。だから好きなのかもしれない。

そして彼女はまだ強く、わが王国をそうやすやすとは手放さず、出ていこうともしない。まだ生きつづけ、容赦なくおそいかかる老齢にあらがって、ついに死が彼女をうち負かし解き放つまで戦いつづけようとしている。231p

2005年03月04日

『アイトン・フォレストの隠者』 カドフェル・シリーズ エリス・ピーターズ 大出健訳

"THE HERMIT OF EYTON FOREST"

 シュルーズベリ修道院に悲しい知らせが届いた。5歳の時から修道院に預けられ、今は10歳になったリチャード・ルーデルの父が亡くなったというのだ。

 イートンの荘園主であるリチャードの父は、リンカーンの戦いで深手を負い、病床にあった。父は息子を権勢欲の強い母、リチャードにとっては祖母であるタイオニシアから守るため、院長を後見人として息子を修道院に託した。タイオニシアはリチャードを隣の荘園主の娘と結婚させるため、引き取ろうとするが、院長に拒まれる。

 そのころ、タイオニシアの後ろ盾でカスレッドと名乗る隠者がアイトンの森に庵を構え、村人を尊崇を集める。だが、隣接する修道院の森には思いもかけぬ災難が続く。

 そんな折り、はるかかなたのノーサンプトンシャーの荘園主、ドロゴ・ボシエが、隠者の従者を訪ねた帰途、殺害される。

 犯人探しの混乱の中、リチャードが失踪する。リチャードはどこに? ドラゴはなぜ、だれに殺されたのか? 

 互いにかかわりのなさそうな人物、事件が不思議な糸で結ばれ、一気に解決につながっていく。

 わずか10歳の少年でありながら、荘園主たちの欲得の中で揉まれるリチャードの健気な姿が印象に残る。内乱の中で貫かれる騎士道精神、そして、秘められた思いとくれば、時代はずっと下がるが、マリー・アントワネットとフェルゼンを思い起こさせる。

 何とも言えないほど存在感のある女傑、タイオニシアに圧倒される。

 騒然とした世相の中で芽生えた若々しい愛が、ほのぼのとした温かさを与えてくれる。  

『代価はバラ一輪』 カドフェル・シリーズ エリス・ピーターズ 大出健訳

"THE ROSE RENT"

 町一番の服地屋の跡取り娘ジュディス・パールは夫の死後、住んでいた門前通りの家を修道院に寄贈する。その家は青銅細工師のニールに貸し出され、家賃は聖ウィルフレッドの祭壇を照らす灯りに使われることになっている。代価は庭に咲く、最も美しく、香り高いバラを一輪、聖ウィルフレッドの移葬祭の日に受け取ること。

 幼い頃から修道士になるために修道院に預けられていたエルーリックがこの3年、祭りの日にジュディスにバラを届けに行っていた。美しいジュディスに許されぬ想いを抱き、苦しむエルーリックに代わり、ことしから店子のニールがバラを届けることになった。その矢先、庭のバラが無惨に傷つけられ、その根本にエルーリックの遺体が横たわっているのが発見された。

 若き修道士はなぜ殺害されたのか? だれが殺したのか?  手がかりもつかめない中で、ジュディスが失踪し、第2の殺人が起こる。

 亡き夫と授かることのなかった赤ん坊を思い、修道院に入ろうと思い詰める若く美しいジュディスはまた、裕福な未亡人でもあった。夫と暮らした思い出にあふれた家を寄贈し、その対価をバラ一輪としたジュディスの切ない思い。そんなジュディスに思いを寄せる男たち。さまざまな人の思いがバラのような女性、ジュディスをめぐって交錯する。

 悲しみに見舞われながらも、まっすぐ生きようとするジュディスに心打たれ、ジュディスを見守る控えめだけど、温かな眼差しに救われるような気がする。甘やかなバラの香りに包まれたような、そんな読後感を楽しめる1冊である。

『門前通りのカラス』 カドフェル・シリーズ エリス・ピーターズ 岡達子

"THE RAVEN IN THE FOREGATE"

1141年12月、シュルーズベリ大修道院院長ラドルファスはヘンリー司教から公会議への出席を求められる。そこで、アダム神父の死後、空席となっていた教区司祭の後任として、エイルノス神父を伴って帰り、エイルノスは家政婦ハメット夫人とその甥ベネットを連れて司祭館に落ち着く。

 エイルノス神父は学識、見識ともに高い人物であったが、教区司祭として何より必要な資質──謙虚さと寛容に欠けていた。未熟児として瀕死の状態で生まれた赤ん坊に洗礼を授けるよりもみずからの祈りを優先した。洗礼を受けることなく亡くなった者は教会の墓地に葬ることはできないため、遺族は深い悲しみと憤りを隠せない。また、若干軽率ではあるが小鳥のように明るい娘を「改心していない」という理由で教会から追い出し、絶望した娘は水車池で死んだ。子どもたちは神父を恐れて近づこうともしない。

 降誕祭の前夜、修道院への帰途を急ぐカドフェルは怒り狂ったエイルノスを見かける。翌朝、エイルノスが水車池で溺れ死んでいるのを発見される。エイルノスの死は事故であったのか、殺人だったのか。カドフェルの推理が展開される。

 聖職者との確執、そこから生じた哀しみ……聖職とは何なのか、何のためにあるのかを考えさせられた。

『秘跡』 カドフェル・シリーズ エリス・ピーターズ 大出健訳

"AN EXCELLENT MYSTERY"

 1141 年も過ぎようとする頃、内戦により焼かれた修道院から2人の修道士がシュルーズベリに逃れてきた。丈高い年かさの修道士ヒュミリス(謙虚の意)は十字軍の勇士であり、深手を負った身で生まれ育った地に近いシュルーズベリを目指したのである。年若い修道士フィデリス(忠誠の意)は口がきけなかった。

 ヒュミリス、俗名ゴッドフリッド・メアスコットは従軍前に当時6歳だった少女ジュリアンと婚約したが、帰国後、修道院に入る前に婚約を破棄していた。その知らせを告げるためにジュリアンのもとにつかわされたゴッドフリッドの従者ニコラスは、美しく成長したジュリアンに心を奪われるが、思いを胸に秘めて屋敷を去る。ゴッドフリッドを訪ねあてたニコラスはジュリアンへの思いをもとのあるじに告白し、許しを求める。

 婚約解消後、修道院に入ったはずのジュリア-ンは修道院に着く直前、かき消すように消えていた。ジュリアンはどこに? ヒュミリスは? そして、ニコラスの思いは?

 殺人事件はなく、ひとりの女性の失踪をめぐる物語であり、半ば近くで予測はついたが、にもかかわらず、いつものとおり、物語の世界に引き込まれて一気に読んだ。

 謙虚と忠誠、この世から消え去ろうとする命、秘められた思い……そして、よみがえり……胸の熱くなる佳品であった。ヒューとアライン、マグダレン修道女など、おなじみの人物たちの活躍も読者を楽しませてくれる。

 カドフェル・シリーズを読んでいつも思うことだが、読み終わると温かさに包まれ、加えて本作には暗闇から光が差すような、そんな感じさえする。

 現在、カトリック教会では以下の7つ──洗礼、堅信、聖体、赦しの秘跡または告解、叙階、婚姻、病者の塗油または終油──を秘跡と定めているが、『秘跡』という邦題からどの秘跡をさしているのかと考えながら読んだ。そして、明らかにされたのは……。そう、この秘跡こそ"AN EXCELLENT MYSTERY"なのだ。

「どんな森にも道はあり、どんな沼地にも無事に通り抜けられる通路はあるものです。必要なのはそれを見つけることです。」218ページ

『憎しみの巡礼』 カドフェル・シリーズ10  エリス・ピーターズ 岡達子訳

                              社会思想社 現代教養文庫

 王位継承争いは泥沼と化し、スティーブン王は王位を継ぐものとして聖別されたものの囚われの身となったまま。その隙を縫って女帝モードはロンドンを目前にしていた。王位はモードの手の中にあるのも同然の状況である。聖職者たちが招集されたが、その集まりの中でもモードへの支持が場を圧する。

 その中にあってスティーブン王への変わらぬ忠誠を訴えた聖職者が襲われ、彼の警備に当たっていた女帝側の騎士が殺害される。

 ちょうどそのとき、シュルーズベリ修道院は興奮の渦の中にあった。セント・ジャイルズに安置されていた聖ウィニフレッドの遺骨が修道院の祭壇に移される移葬祭の日が近づき、各地から巡礼が集まっていたのである。そんな中で、カドフェルの目は二組の人々に引きつけられた。一組は奇妙な二人の若者だった。若者のうちの一人、キアランは裸足で首にさげた重い十字架を片時も放そうとしない。不治の病に冒されて死期が近づいているため、ウェールズの修道院で安らかな死を迎えたいという。そんなキアランにぴったり寄り添うマシュー。

 カドフェルの目を引いたもう一組とは、子どものいないおばに引き取られた姉弟だった。弟ルーンは足が悪く、歩くには松葉杖が必要だった。カドフェルの治療を受け、痛みを柔らげ、安眠を促す薬を処方されるが、彼は薬をのむことを拒否し、痛みを甘んじて受ける。そんな弟の治癒を願う姉ミランゲルは、道中命を助けてくれたマシューに淡い思いを抱いているが、マシューの目にはキアランしか映っていないことに心を痛めていた。

 一方、聖ウィニフレッドの遺骨について思うところのあるカドフェルは、自分のしたことが正しいかどうかを知りたいと願う。聖女よ、あなたの声をお聞かせください!

 女帝の使者としてシュルーズベリに派遣されたのはオリヴィエだった。

 人々の思いが錯綜する中で、移葬祭の日を迎え、聖ウィニフレッドの棺はカドフェルらに担われてセント・ジャイルスを発ち、修道院へと向かう。果たして奇跡は起こるのだろうか?

 祭りの高揚感を背景に人々のいろいろな姿が描かれ、移葬祭の場でクライマックスを迎える。そして、事態は急展開。はらはらドキドキのあとは、いつものように温かな読後感に包まれた。

 冒頭でカドフェルがヒューに聖ウィニフレッドの遺骨にまつわる話を聞かせる。この部分はいわば『聖女の遺骨求む』のネタばれとも言える箇所なので、未読の方はお読みにならない方がよろしいかと思う。

 カドフェルとオリヴィエが語り合う場面がいい! オリヴィエが幸せに暮らしているということを聞いて、わたしも幸せな気持ちになった。親戚のおばちゃんになった気分である。

 とうとうシリーズ20巻のうち、半分まで来てしまった。このまま一気に読みたいような、大事にとっておきたいような複雑な心境である。

原題 "THE PILGRIM OF HATE"

『死者の身代金』 カドフェル・シリーズ9 エリス・ピーターズ 岡本浜江訳

                              社会思想社 現代教養文庫

 王位継承をめぐる戦いの中でスティーヴン王は捕らえられ、州執行長官プレストコートはウェールズの捕虜の身となった。ウェールズに近いポールズワース女子修道院もウェールズ人の襲撃を受けたが、マグダレン修道女の指揮の元、事なきを得た。

 マグダレン修道女らは、置き去りにされ、川に流されていた若者を救ったが、若者はウェールズ語で悪態らしきものを突くばかりで手におえないため、マグダレン修道女はヒューに善処を求めてきた。もし身分のある若者なら、プレストコートと捕虜交換することができる。

 若者はカドフェルがウェールズ出身とわかると、心を開き、身の上を語り始めた。

 ウェールズ人のこの若者イリス・アプ・キーナンは、グウィネズの領主オエイン・グウィネズの騎士グリフィス・アプ・メリルの里子として、グリフィスの息子イリアド・アプ・グリフィスと兄弟以上のきずなで結ばれていた。イリスには既に周囲から決められた許嫁クリスチナがいたが、プレストコートの娘メリセントに一目惚れしてしまう。

 捕虜交換の話が成立し、プレストコートは瀕死の状態のままウェールズから搬送されるが、修道院の病室に着くや殺害される。

 プレストコートを殺したのはだれ? 何のために? カドフェルの捜査が始まる。

 今回も魅力的な人物がそろった。
 イリスは若干思慮が浅く、やんちゃではあるが、憎めないところがある。イリスを思うイリアドの気持ちに胸が熱くなった。
注目すべきはマグダレン修道女。『死への婚礼』でお目見えした、あのソールスベリのエイヴィスである。何とも艶っぽく姉御っぽいシスター。同性でも悩殺されそうだ。

原題 "DEAD MAN'S RANSOM

『悪魔の見習い修道士』 カドフェル・シリーズ8 エリス・ピーターズ 大出 健訳

               社会思想社 現代教養文庫

 1140 年秋。シュルーズベリ修道院に荘園主の次男である若者が見習い修道士として受け入れられた。修道士としての請願を一刻でも早く立てたいと焦るその若者メリエットは、深夜になると悪夢にうなされるのか不気味なうめき声を上げることから仲間の修道士たちに「悪魔の見習い修道士」と呼ばれるようになる。

  そのころ、司教の使者クレメンスが行方不明になるが、最後に目撃されたのは泊まっていたメリエットの家を発つ姿だった。

 メリエットの家を訪れたカドフェルは、メリエットと共に育った幼なじみたちがいることを知る。メリエットの身を案じる兄ナイジェル・アスプレー、近々シュルーズベリでナイジェルと結婚式を挙げることになっている蠱惑的な美しさのロスウィザ・リンデ、天真爛漫を絵に描いたようなジェイニンはロスウィデの双子の弟、そして、最も年下ではある既に荘園の相続人であるアイスーダ・フォリエットはひそかにメリエットに心を寄せている。

 メリエットはセント・ジャイルズでマーク修道士の手伝いをすることになり、二人は心を通わせ、メリエットも落ち着きを見せるようになる。

 そして、荘厳な中にも華やかな結婚式が執りおこなわれるが、その場で起こったこととは……。

 父と息子の相克が伏線となっている。愛されなかった息子の切ない思いが胸を打つ。

原題 "THE DEVIL'S NOVICE"

『聖域の雀』 カドフェル・シリーズ7 エリス・ピーターズ 大出健訳

                          社会思想社 現代教養文庫

 1140 年初夏。夜半の祈り(マタン)の最中、騒々しい音が近づき、一人の若者が祈りの場に駆け込んでくる。さすらいの曲芸師である若者リリウィンは、金細工師の息子ダニエルの結婚披露宴の席で余興を披露していたが、その家の金銀を盗み、主人を殺したとして追われてきたのである。リリウィンは40日間、修道院にかくまわれることになる。その後、金細工師の隣家の男が殺される。殺したのはだれか? リリウィンは無実は証明されるのか?

 新婚夫婦、ダニエルとマージェリーの力関係(?)が変わっていくところが見物。

 今回も若者たちの恋模様が描かれているが、やり切れない思いも残る。

 大津波悦子氏の解説によれば、雀は「愛情や好色を表すほかに、卑下、価値の低いものを表す。」『イメージ・シンボル事典』(大修館書店)とされ、リリウィンを象徴しているとのこと。

リリウィン さすらいの曲芸師  ラニルト 金細工師の家の召使
ウォルター・オーリファイバー 金細工師 殺害される
ダニエル・オーリファイバー 金細工師の息子  マージェリー ダニエルの新妻  スザンナ ダニエルの姉 
ジュリアナ ウォルターの母であり、ダニエルとスザンナの祖母  イースティン オーリファイバー家の雇われ職人

原題 "THE SANCTUARY SPARROW"

『氷のなかの処女』 カドフェル・シリーズ6 エリス・ピーターズ 岡本浜江訳

 社会思想社 現代教養文庫

 1139 年冬。女帝モードとスティーブン王との王位継承をめぐる争いは激しさを増してくる。ウスターのベネディクト修道院では、ある高貴な身分の姉弟を預かっていたが、女帝の軍勢に襲撃されたウスターから逃れ、シュルーズベリに向かう途中、付き添いの修道女と共に行方がわからなくなる。

 一方、20マイル先のブロムフィールド小修道院に瀕死の男性が運び込まれた。修道士らしいその男性の治療に当たるため、カドフェルはブロムフィールドに赴く。その男性、エルヤス修道士は姉弟と行を共にしたらしいが、ケガの衝撃で記憶を失っていた。

 エルヤスの容態が安定したため、捜索に出て弟イーヴを見つけたカドフェルは帰途、氷に閉ざされた小川に若い女性の死体があるのを発見する。姉アーミーナかと思われたその遺体は姉弟に付き添っていたヒラリア修道女であった。アーミーナはどこに?

 暗躍する夜盗団、オリーブ色の肌をした謎めいた若者……その中で、ヒラリアの死の真相に近づいては遠ざかるカドフェルとヒュー。

 そして、事態は意外な展開を見せる。

 ヒラリアの死がひたすら哀しく、氷のように心に突き刺さる。

 オリーブ色の肌の若者がこれからのお話にどう絡んでくるのか、楽しみである。

原題 "THE VIRGIN IN THE ICE"

『死への婚礼』 カドフェル・シリーズ5 エリス・ピーターズ 大出健訳

                            社会思想社 現代教養文庫

 1139年10月、シュルーズベリで盛大な結婚式が行われることになった。花婿は裕福ではあるが、陰険な初老の男。花嫁は弱々しげな18歳の娘。莫大な遺産を受け継いだ彼女はおじ夫婦の後見のもとにあった。そして、彼女に心を寄せる若者は花婿の従者だった。

 結婚式の前夜、出かけた花婿は、当日の朝、死体で発見される。 花婿を殺したのはだれか? 若者たちの恋は?           

 みずからも十字軍に従軍したカドフェルは、ふとしたことから花嫁イヴェッタは十字軍の英雄の孫娘であることを知る。

 今回登場する娘はちょっと弱々しくて好みではないなと思っていたら、あとで気になる女性、ソールズベリのエイヴィスが現れた。今後に注目されたし!

 今回、重要な役割を果たしたのは修道院附属の施療院。ここにはハンセン病患者が収容されていた。ガウンに頭巾姿で、病者でないものが近づくと拍子木を鳴らして警告していた彼ら。顔も名前もなくした病者たち。そのコミュニティの底知れない包容力と温かさは絶望を知った人々ゆえだったのかもしれない。

  ふらりとやってきた老病者は「ラザルス」と名乗る。ラザロの復活を思い起こさせるその名はまことに象徴的であった。

花嫁 イヴェッタ・ド・マサール 花婿 ウオン・ド・ドンヴィル ソールズベリのエイヴィス
従者 ジョスリン・ルーシー サイモン・アギロン 老病者 ラザルス (ギマール・ド・マサール) 子供の患者 ブラン
カ ドフェル マーク(施療院付) オズウィン(見習い修道士) ラドルファス(院長)

原題 "LEPER OF SAINT GILES"

『聖ペテロ祭の殺人』 カドフェル・シリーズ4 エリス・ピーターズ 大出健訳 

 8月1日から3日まで行われる聖ペテロ祭には、シュルーズベリに各地から商人が集まり、盛大な市が立つ。が、その収益をめぐって修道院と町の人々との間で諍いが起きる。

 祭りの1日目、ブリストルから来た商人トマスが死体で発見され、町長の息子フィリップが逮捕される。が、2日目、第2の殺人が……。

 殺された商人の姪エンマは修道院に身を寄せ、身重のアラインとはまるで姉妹のよう。が、彼女の回りで事件が続発し、彼女自身、何か秘密を抱えているようだ。

 祭りの喧騒の中での血気にはやった若者たち、モード女帝とスティーブン王との間の争いはいまだ決着を見ず、陰謀渦巻く中で描かれる若者たちの恋模様。

 おなじみのヒュー・ベリンガーと麗しの妻アラインが登場しているのが嬉しい。そして、強く賢いエンマ! 新しい修道院長ラドルファスもいい味出しています。

原題 "SAINT PETER'S FAIR"

『修道士の頭巾』 カドフェル・シリーズ3 エリス・ピーターズ 岡本浜江訳

 ある荘園主が自分の荘園を修道院に寄附し、荘園主とその妻は修道院の客人となった。院長が進退のかかった会議のため出かけた後、荘園主は毒殺された。薬の名はトリカブト――「修道士の頭巾」であり、その薬を調合したのはカドフェルだった。何者かが薬を盗んで荘園主に飲ませたのだ!

 荘園主の最期を看取ったカドフェルは、荘園主の妻がかつて自分が愛した女性、リチルディスであることに気づく。  荘園主を毒殺した犯人はだれか? 容疑は一たんは荘園を相続することになっていたリチルディスの連れ子エドウィンにかかる。エドウィンはほんとうに継父を殺したのだろうか?

 ここでもウェールズ魂炸裂でした。ああ、いいなぁ、ウェールズ!

 クリスマス前に読みました。クリスマス本だとは思っていませんでしたが、とてもいいクリスマスを迎えられる結末でした。
 人の心には邪なものも住んでいるけれども、それを超えた何かがある、そんなことを思わせてくれる本でした。

 3巻目で訳者が代わっています。どこが違うのかうまく説明はできませんが、最初はなじめなくて読みにくく感じました。特にウェールズの人々の言葉はちょっと……。と、いつもながら訳に難癖をつけております。

 温かな余韻にひたっています、幸せ♪

原題 "MONK'S HOOD"

『死体が多すぎる』 カドフェル・シリーズ2 エリス・ピーターズ 大出健訳 

 嫡男を亡くした先王ヘンリー1世は、フランスに嫁いだ娘モードを跡継ぎにと言い残したが、王位継承権をめぐり、モードのいとこスティーブンが蜂起した。そして、シュルーズベリで戦いが起こり、城はスティーブンの軍が掌握し、捕虜94名が処刑される。

 遺体を埋葬するため城内に入ったカドフェルは、遺体の数が1体多いことに気づく。

 どさくさにまぎれて殺されたのはだれか? 殺したのは?

  修道院に預けられ、カドフェルの手伝いをすることになった少年、父を亡くした名家の令嬢など、さまざまな人々がさまざまな物語を繰り広げる。そして、立場の違いを超えて通い合うこころ。最後の決着まで目が離せない。

 予想どおり、カドフェルにはまっています。この本も一気読みでした。近所の図書館の書庫に全巻そろっているのを発見してから、そわそわと落ち着かない日々を過ごしておりました。今回、4冊一気に借りてきました。読み始めたら止まりません。人生捨てて読んでしまいそうです。

 しかし、作者はもう亡くなっており、シリーズは20巻で完結しています。この調子で読んでしまうと老後の楽しみがなくなります。翻訳で全部読み終わったら、原書で読み返そうかと考えています。

原題 "ONE CORPSE TOO MANY"  

『聖女の遺骨求む』 カドフェル・シリーズ1 エリス・ピーターズ 大出健訳

                     社会思想社 現代教養文庫

 『英国ミステリ月間』の勢い余って、大阪オフの時に古本屋さんで買った本です。

 風邪のため病院へ行ったとき、。待ち時間に読もうと持っていった本ですが、おもしろかったので帰ってから一気に読んでしまいました。

 12世紀、イングランド、シュルーズベリ。ベネディクト会修道院の修道士、57歳のカドフェルが主人公。この修道士、前身は船乗り。港々に女性がいたらしい、という異色の背景を持つ人物。

 このベネディクト会修道院がウェールズに葬られた聖女ウィニフレッドの遺骨を修道院の祭壇に据えるため、聖女の墓があるウェールズの小さな村に乗り込んでいく。遺骨を我がものにしようとする修道院に反対した地主が矢を射られた遺体で発見される。地主を殺害したのはだれか? 聖女の遺骨はどうなるのか?

 ケルトの伝統を受け継ぐウェールズ魂に魅了されました。かの地では今でも、英語とはまったく体系が違うウェールズ語が今も話されていると聞いたことがあります。わたしの中の上方魂が刺激されたのかもしれません。

 話の展開のテンポがよく、人物も魅力的で、一気に読ませます。惜しいのは翻訳。句点が多すぎること、「それ」が多用されているのがちょっと興ざめです。また、翻訳に難癖をつけてしまいました。うるさい読者でごめんなさい(^^;)

 カドフェル・シリーズ、はまりました。