2006年01月27日

『死者にかかってきた電話』ジョン・ル・カレ 宇野利泰訳

"CALL FOR THE DEAD" ハヤカワ文庫 ISBN: 4150401888
1961年CWAシルバーダガー賞(当時は次点)
 

 1月4日の深夜、英国諜報部員ジョージ・スマイリーは上司からの呼び出しを受けた。前日、彼がスパイ容疑で尋問した外務省事務官フェナンが自殺したという。フェナンは尋問に抗議する旨の遺書を残していたが、容疑が晴れ、和やかに別れたフェナンを知るスマイリーは釈然としないものを感じていた。

 調査を命じられ、フェナンの自宅に赴いたスマイリーは8時30分を告げるサーヴィス電話をとる。死亡当夜、フェナンが依頼したものだった。調査を進めるうちに、東ドイツ諜報部の影が見え隠れする。そしてそれは、1938年の夏の夜に、スマイリーを引き戻す――。


 1961年といえば、ベルリンの壁が築かれた年です。戦争の傷跡はまだ人々の心に生々しく残り、とりわけ、大虐殺を生き延びたユダヤ人たちの心の傷は深いものでした。そんな時代の雰囲気が伝わってきます。

 スパイものは苦手だと決め込んでいましたが、読み始めたとたん、簡潔で緊迫感溢れる描写に引き込まれました。優美で繊細なドレスデン人形に別れた妻の面影を重ねるスマイリーに、ぐらっときました。不細工な男なんですけどね(^^;)。

 ミステリ賞参加を決めた直後に買った本ですが、積んだままになっていました。もっと早く読んでいればよかった(『寒い国から帰ってきたスパイ』も読んだのに……)と、ちょっぴり悔しく思っています。
posted by 如月 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(1) | L

2005年12月23日

『あの日、少女たちは赤ん坊を殺した』ローラ・リップマン 吉澤康子訳

"EVERY SECRET THING" Laura Lippman
ハヤカワ・ミステリ文庫 2005/10/15 ISBN: 4151716580 940円

 ある夏の午後、11歳のアリス・マニングとロニー・フラーは、ある屋敷の玄関に乳母車が置かれているのを見つけた。「あたしたちでこの子の面倒をみてあげなきゃ」

 そして7年後、18歳になった2人は殺人の罪で送り込まれた施設から出て町に戻った。

 殺害されたのは、あの日、乳母車に乗せられていた黒人の乳児オリヴィア・バーンズ。母シンシアは判事の娘だった。2人に厳罰が課せられることを望んでいたシンシアは、2人が町に戻ったことに危惧を抱く。

 2人が町に戻ってから、幼い女の子の連れ去りが連続して起こる。そしてついに、ある女の子が何日経っても姿を見せなかった。女の子の行方は? そして7年前の殺人事件との関連は? 

 登場人物たちの"SECRET"にかかわる部分を丁寧に描く意欲作ではあるが、何とも重苦しく、後味の悪い作品である。

 最近のミステリは「心の闇」とか「トラウマ」にこだわりすぎているのではないか。闇があるなら光が、傷があるなら癒しがあるのが人の世だと思うのだけど、この作品ではとにかく闇の部分をこれでもかこれでもかと突いていて、どうにも読み心地が悪く、爽快感がない。いやな部分ばかり見すぎている。物語性とかカタルシスは全くない。

 同じ闇の部分を描くにしても、レンデルにしろミネット・ウォルターズにしろ、物語は物語としてきちんと構成し、好みはあるにしてもエンターティンメントとしてもすぐれた作品になっている。それに比べ、この作品は物語と言うより独白もしくは記録に近いように感じる。

 2004年アンソニー賞最優秀長編賞、バリー賞最優秀長編賞と、高く評価されている作品だが、わたしにはいまひとつピンとこない作品だった。評判の高い作品なので、よければベスト5に挙げようと思って読んだが、物語というより個々の状況をぶつ切りにして並べているようにしか感じられなかったため、選外とした。
posted by 如月 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年10月13日

"THE HONK AND HOLLER OPENING SOON" Billie Letts

 Warner Books ISBN: 0446675059

 オクラホマのスモールタウン、セコイア。そこに「ホンク・アンド・ホラー 近日開店」という一風変わった名前の喫茶店がある。店のオーナー、ケニーはベトナム戦争で半身不随になり、車椅子に乗って店を切り盛りしているが、この12年間、店から一歩も出たことがない。店を手伝うのはケニーが幼いころからずっと見守ってきたモリー。モリーの悩みは17歳になる娘のブレンダ。音楽の才能に恵まれたブレンダはモリーに反抗的な態度をとり続け、ついに家を出た。どこにいるかもわからないブレンダを思いながら、モリーはクリスマスツリーに飾りをつける。

 そんな店に立て続けに奇妙な客が飛び込んできた。1人は褐色の肌をした30がらみのヴィーナという名の女性。もう1人はベトナム移民のブイ。ヴィーナは足を1本なくした重傷の犬を抱え、ブイは交通事故を起こしたが、言葉が通じなくて現場を逃げ出してきていた。ヴィーナは車の客から注文をとり、店を繁盛させるが、ブイはコックを志願しながらろくな料理もつくれない。ケニーはブイを解雇しようとするが、言葉のわからないブイには通じず、ブイもまた、店に居つくようになる。

続きを読む
posted by 如月 at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"THE LION, THE WITCH AND THE WARDROBE" C.S.Lewis

『ナルニア国物語』ライオンと魔女

 年代順に2度読んでいるが、今度は出版順に読んでみようと思っている。まずは『ライオンと魔女』から。
 
 戦渦を逃れて疎開してきたペベンシー家の4人のきょうだい。退屈しのぎにかくれんぼをしているとき、衣装だんすにもぐり込んだルーシーは不思議な国に入り込む。ナルニアと呼ばれるその国は白い魔女に支配され、クリスマスのない長い長い冬が続いていた。

 懐かしい! このお話はこのままでも完成されているが、これからどうなるのかも気になる。出版順に読むと、見えてくるものがちょっと違うのがおもしろい。
posted by 如月 at 19:11| Comment(2) | TrackBack(0) | L

2005年06月16日

"WHERE THE HEART IS" Billie Letts

ISBN:0446672211

 7なんて数字はろくなことがない――17歳のノヴァリーは妊娠7カ月。おなかの子どもの父親であるウィリー・ジャックと西部に向かう途中、オクラホマの片田舎にあるウォルマートに置き去りにされる。途方に暮れるノヴァリー。だが、その町で彼女は人々の温かさにふれ、自分の根っこを下ろして生きていく。

 緊迫した状況下にあるにもかかわらず、どこか肩の力の抜けた人々に読む側も脱力してしまいそう。このまま、ハートウォーミングな感じでいくのかと思っていたら、悲しい別れがあり、過酷な出来事が起こる。だけど、そのときのノヴァリーには支えてくれる人もおり、また、ノヴァリーにも人を支える力がしっかりと培われている。

 ノヴァリーのひたむきな強さがさわやかだ。前向きだけど、がんばりすぎないしなやかさに惹かれる。
 
 置き去りにされたノヴァリーを見守る人々の温かさと優しさに心が温まる。皆さまざまな事情を抱えながらも、それぞれの人生を歩んでいる。ほのかな悲しみに彩られた地道な暮らしがここにある。その厚みと深さ。そして、ひとりひとりに向ける作者の温かな眼差しが感じられる。

 身重のノヴァリーを捨てたウィリー・ジャックの話もちょこちょこと出てくる。この男がどう絡むのか、気になりつつ読んだ。うぬぼればかり強くて人にたかることしか知らない、箸にも棒にもかからないひどい男だが、作者はこの男にも大切な役割を担わせている。

 さらりと読めるが、読後に温かさとともにひとりひとりの人生の重さがずっしりと残る。ノヴァリーとともに根を下ろし、育ってきたbuckeye――トチノキをそっと見上げていたいと思う。

 Billie Lettsはもう1冊"THE HONK AND HOLLER OPENIG SOON"が手元にある。こちらも読んでみたい。
posted by 如月 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年05月20日

"COUNTRY OF ORIGIN" Don Lee

W. W. Norton & Co Inc/2004.06.01/ISBN: 0393058123

《1980年夏、東京。闇に消えた魂は何を求めていたのか?》

 イランでアメリカ大使館が占拠され、韓国で金大中に死刑判決が出され、ジョン・レノンが射殺された1980年。その夏の東京で若い女性が消えた。女性の名はリサ。リサの母は日本人だが、父についてはアフリカ系と推定されるのみ。孤児院で育ち、幼いころ黒人家庭の養女となってアメリカにわたったリサは90日間の観光ビザで来日した後、行方がわからなくなっていた。アメリカ大使館に勤務するトム・ハーレイと麻布警察警部補オオタケンゾウがリサの捜索に当たる。リサに何があったのか? リサは何を求めて日本に来たのか? リサの行方を追い、歌舞伎町から田園調布へと舞台は移り、3者3様の生き方が描かれる。

 父祖の地でありながら頼る人とてない日本でのリサの暮らしは英会話教師を経て水商売へとお決まりのコースをたどり、ある日、忽然と消える。白人と韓国人のハーフでありながら出自を偽ってハワイ出身と名乗るトムは諜報機関員の妻との情事にふける。融通のきかなさが災いして妻に去られた窓際族のオオタにはくつろげる家もない。

 バブル景気が沸騰する前の日本社会の爛熟した世相が合わせ鏡で見るように映し出される。華やかな舞台の裏で徒花のように咲き誇っていた性産業とそれを支える闇世界がリアルに描かれ、そこに生きる人々の体温まで感じられる。

 捜査を通して、リサの抱えていた痛みが薄紙をはぐようにさらけ出される。国籍、民族、父祖の文化のはざまで引き裂かれながら、自分が何者であるかを求め、自分のいるべき場所を探し求めるリサの苦悩と悲しみがずっしりと伝わってくる。謎を追うおもしろさのみにとどまらず、日本人としての自分に何かを問うてくる物語でもある。

 暗く重い物語であるが、カラオケを強制されて困惑するサラリーマンやオオタの大家で茶髪の若き女性ミス・サオトメの奇矯なふるまいがほろ苦い笑いを誘う。

 韓国系アメリカ3世である著者ドン・リーは少年時代のほとんどを東京とソウルで暮らした。アメリカで生きるアジア系民族の暮らしを描いた短編集 "YELLOW" でアメリカ芸術文化アカデミーによるスー・カウフマン賞を受賞。本作には、荒削りではあるが、熱い魂のほとばしりが感じられる。筆者の独特の視点と筆力に注目したい。
                    
◇著者のサイトはこちら

◇アマゾン・ジャパンで本をお買い求めの場合は「BOOKS WHODUNIT」

『海外ミステリ通信』4月号より転載
posted by 如月 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年05月12日

『空を駆けるジェーン』アーシュラ・K・ル=グウィン "JANE ON HER OWN"

 村上春樹訳 S・D・シンドラー絵 講談社 ISBN 406210895X

「丘の上農場」で兄弟姉妹たち6匹と暮らしている翼ある猫ジェーンは農場の静かな生活にあきあきしていました。「私は翼を広げて、どこかちがうところに行ってみたいのよ。」ジェーンは風に乗り、翼を自由に羽ばたかせて旅立ちました。

 都会に行ったジェーンが飛び込んだのは丸ぽちゃの男の人、ポッパさんのおうち。ポッパさんは柔らかいベッドを買い、おいしいごはんをくれました。だけど、決して窓をあけてくれません。ジェーンは首に紫色のシルクのリボンをつけられ、毎日「スタジオ」に連れて行かれました。ジェーンは逃げ出しました。「私は自由なんだ。みい、みい、みい。私は自由よ!」ジェーンは歌いました。

 長い道のりをたどり、ジェーンはお母さんのところにたどり着きました。お母さんと暮らしているサラ・ウルフは優しいおばあさん。ジェーンのために窓をあけ、首に巻かれたリボンをはずして捨てました。「こんなものつけなくたって、じゅうぶんにきれいだものね」ジェーンはサラが大好きになりました。

 きょうだいたちの住む農場に戻ることもあるけれど、ジェーンはいつも都会に戻ってきました。そこがジェーンの居場所だから。

「私はジェーンで、私は自由なんだもの。みい、みい、私は自由!」そして自分の歌を歌いながら、彼女は毎晩、横丁や大通りの上を飛びます。犬をからかい、ネズミをおどかし、新しい友だちをつくり、新しい冒険にめぐりあうために。45ページ


 空飛び猫物語4作目。子どもと図書館に行ったときにたまたま目について借りたため、シリーズでの順番を確かめもしていなかった。いきなり4作目から読んだのだけど、空飛び猫のファンになってしまった。

 穏やかな農場での生活に飽きたらず、都会へ出た空飛び猫きょうだいの末っ子、黒猫ジェーン。親切なおじさんに出会ったかと思えば、おじさんの魂胆は他にあったみたい。自由のない暮らしに息が詰まりそうになり、再び飛び出したジェーンが帰るのは、翼のないお母さんミセス・タビーのところだった。そして、そのままのジェーンを愛してくれるサラに出会い、ジェーンは母とサラとともに都会で暮らす。

 少女が自立する物語として読んでもいいのだけど、わたしは単純に空飛び猫の物語として楽しんでいたい。そして、いつか、空飛ぶ猫に会えたらいいなと願っている。

 Diaryに連れてきたBlogPetのこねこの名前「空飛び猫」はここからつけた。いつか、「空飛び猫」がほんとうに空を飛ぶのが見えるかもしれない。
posted by 如月 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年04月05日

『死の会計』 エマ・レイサン 西山百々子訳

 論創海外ミステリ 2005.02.20発行 2000円(税別)
 "ACCOUNTING FOR MURDER" Emma Lathen ISBN: 4846005240

 好景気にわく1960年代初頭のアメリカ。凄腕会計士フォーティンブラスは、政府に軍事機器を納めるコンピューター販売会社の放漫経営に疑念を抱く。裁判所の命令書をかざして、フォーティンブラスは社の会計調査に着手するが、その強引なやり方により経営幹部との間に軋轢が生じる。台帳が紛失し、その後ほどなくして、彼は社の経理部室で遺体となって発見された。スローン信託銀行副頭取ジョン・パトナム・サッチャーは、友人である投資銀行頭取ロビショーの依頼を受け、軍事企業の闇に迫る。

 エマ・レイサンは女性2人の共同ペンネーム。それぞれ金融、経済の専門家としての職を持つかたわら、経済・政治的事件を題材とするミステリを書いた。本作は1965年CWA賞シルバー・ダガー賞(当時は次点)受賞作品。40年も前にこれほど骨太で遊び心のある企業ミステリが書かれていたのは、まさに嬉しい驚きといえよう。

「ウォール街のアガサ・クリスティー」という異名をとるのも当然と思われる、おもしろい作品だった。フォーティンブラスはシェイクスピア『ハムレット』に登場する人物とのこと、ほかにもいろいろひねりがありそうだったが、読み取れなかった。教養の足りなさを実感させれたのはちょっと悲しい……。

bk1


『海外ミステリ通信』3月号掲載記事に加筆、修正
posted by 如月 at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年03月04日

"NUMBER THE STARS" Lois Lowry


 1943年、ナチの軍靴が響くドイツ占領下のコペンハーゲン。
 10歳のアンヌマリーとエレンは同じアパートに住む親友。ユダヤ教の新年を祝った夜、エレンは両親と離れ、アンヌマリーの一家と暮らすことになる。

 以前から気になっていた本。ハリポタよりもこちらの方がわたしには合っているようだ。

 すばらしい本でした。 暗い時代の話ですが、ミステリぽい雰囲気でぐいぐいと引きつけていきます。そして、そこに生きる人々の魂の尊さ! 若い命を散らしたリーズの青春、彼女の求めたもの……。無数の人々の姿が、彼女たちの生き方を通して見えてくるような気がします。

 歯を食いしばりたくなるような哀しさは残りますが、そこにはなお、希望と信頼が宿っています。そして、何かとても大事なものを託されたような、そんな気がしてくるのです。どんな時代にあっても忘れてはいけない大事なもの……、それが何なのかは、これから考えていくことにしましょう。

 最初の方で、アンヌマリーとエレンは、"GONE WITH THE WIND"にちなんで、紙のお人形にスカーレット、メラニー、ボニーと名づけて遊んでいます。こんな時代に、アメリカはあの映画を作っていたのですね。時代の重さを感じさせられます。
posted by 如月 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"THE CHRONICLES OF NARNIA" C.S.Lewis

 ナルニア国物語全7話を年代順に並べて収録してある。ライオンの表紙が印象的。さし絵はポーリン・ベイヤーズだが、一部しか収録されていない。()は出版順。

 The Magician's Nephew (6)
 The Lion,the Witch and the Wardrobe (1)
 The Horse and his boy (5)
 Prince Caspian (2)
 The Voyage of the Dawn Trader (3)
 The Silver Chair (4)
 The Last Battle (7)

 子どものときに読んでいたらよかったのだろうけど 、今はちょっとふーんという感じ。それなりに楽しかったのだけど、のめり込むほどではなかった。  (2002.7 クリフPB倶楽部 色々な読書会にて)

 2004年5月から9月にかけてERC(英文リーディング倶楽部)読書会にて再読する。今回は初読時とはまったく感触が違う。2年前は字面を追うので精いっぱいで、その壮大さもおもしろさもわからなかったのだろうと思う。物語のみならず、ルイスという作家にも目を向けながら読んでいる。現在(2004年8月5日)"THE SILVER CHAIR"を読んでいるところなので、感想は全巻読了後の予定。
posted by 如月 at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"MYSTIC RIVER" Dennis Lehane




[書名]Mystic River
[著者名]Dennis Lehane
[発行年月日]2002.4
[出版社]Harper Collins
[ISBN]0-380-73185-1
[定価]$7.99 
 
 友だちというにはあまりに淡いかかわりであった少年三人の少年Jimmy、Sean、Dave。十一歳のある日、路上にいた3人に不審な車が近づき、 Daveを連れ去った。四日後、Daveは自力で帰還する。何が起こったのか公には明らかにされないまま、少年たちは事件を記憶の奥に押しとどめ、それぞれの人生を生きていく。

 二十五年後、思わぬ事件が三人を結びつける。Jimmyの娘Katieが惨殺された。被害者の父Jimmy、容疑者として疑われるDave、今は刑事となり、事件の捜査を担当するSean。三人と彼らの周囲の人々の人生が交錯する中で、二十五年前の事件がどれほどの影を彼らの心に落としているかが少しずつ明らかにされていく。そして、悲劇が新たな悲劇の引き金となる。

 きりきりするような痛みを描きながらも、その痛みを抱えながら生きていていいのだという著者のメッセージが伝わってくる。陰惨な光景を描きながら、読後に温かなものが残る、不思議な作品である。パトリック&アンジーシリーズで知られるLahaneのノン・シリ−ズ第一作。映画を見ているような場面が展開される中で、ひとりひとりの心の動きが緻密に描写されていく。

  取り返しのつかない後悔すらも包み込んで流れる河のように、著者は人間の優しさや愛情だけでなく、憎しみや愚かさ、残酷ささえもすべて、受け入れて包み込んでいるように感じられる。幾つもの賞を受けているのもうなづける秀作である。
posted by 如月 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"THE GIFT FROM THE SEA" Anne Morrow Lindbergh

 海辺で過ごす一人の時間。貝殻を手にとって、思いを凝らす。人は独りであること、変わらないものなどないこと。変わっていくからこそ、大切にしたいのは……。

 年齢を重ねていくこと。全き存在となること。独りである人間が二人でいること。 深い省察が詩的な言葉で綴られている。

 潮風に吹かれながら、よけいなものを削ぎ落としていくようだ。

 この本が示唆していることはとても深く、広いので、一度読んだだけではまだつかみきっていない感じがしています。

 自分が何を探しているのかわからなくなったとき、何がしたいのかわからなくなったとき、この本とゆっくり話してみたいと思います。
posted by 如月 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"DARKNESS,TAKE MY HAND" Dennis Lahane

 2002年秋に購入し、少し読んでそのままになっていた本。久しぶりのLahaneです。
 このところ、どちらかというと紅茶系(?)の本が多かったので、刺激的です。スコッチのオンザロックという感じ。

 いろいろな人がいろいろな形でかかわっているのが明らかにされつつあります。パトリックの父が鍵を握っているような気がするのだけど……。

 暴力、憎しみ……陰惨な事件でした。やりきれなさも残るのだけど――ここで描かれる死はハリポタ5の大事な人の死よりもずっとずっと切なくて哀しい―― 何もかも雪の中に溶けてしまいそうな、そんな感じがしてます。ぼろぼろになりながらもなお温かな人のぬくもりに包まれているような……。

 邦題の『闇よ、我が手を取りたまえ』いいですね! 鎌田三平さんの解説を読んで一層Lahaneが好きになりました。 パトリック&アンジー、大好きです。

 シリーズ第3作は昨年翻訳で読みました。年が明けたら、4作、5作も読みたいなと思っています。
posted by 如月 at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | L

"THE CALL OF THE WILD" Jack London

 陽光あふれるカリフォルニアで王者のように誇り高く暮らしていた犬のバックは、だまされてアラスカに連れて行かれる。

 棍棒とムチが支配する中で、生き延びるために必死に戦うバックは、やがて群れを統率するリーダーとなる。だが、飼い主が変わり、食糧が尽きる中、仲間たちは次々と命を落とす。
 
 殴られて瀕死の状態に陥ったバックを助けたのは、ジョン・ソーントンという男だった。初めて知る人との絆の温かさ。だが、幸せな日は続かない。人との絆を断たれたバックは、狼たちと共に森に消える。


 野生の呼び声に答えるバックの変貌に息を呑みつつ、何度も何度も読み返してしまう。短い文章の中に込められた熱さ、激しさ、切なさ。どこまで自分で受けとめられるのか。畏れに似たものまで感じさせられる。

 魂を揺さぶられるようだ。バックの遠吠えが、高く低くいつまでも響いているような気がする。何かに立ち向かわなければいけないとき、バックのもとへ力をもらいに行くだろう、そんな気がしています。
 
posted by 如月 at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年01月29日

『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ 小川高義訳 新潮社クレストブックス

"INTERPRETER OF MELADIES" Jhumpa Lahiri ISBN 4105900196

 評価の高い作品なので期待して読み始めたが、実のところ、それほどのめり込めずにいた。確かにうまいのは認める。切り口は鋭く、語り口はしっとりと、心地よく読ませる。だが、どこかもの足りない。描写の繊細さや日常生活に潜む危うさならモンゴメリが巧みに表現している。とりわけ晩年の作品には凄みを感じさせるほど。オコナーに見るような痛いほどの激しさもない。『ホワイト・ティース』があまりいい印象ではなかったのでインド系作家とは相性が悪いのかとか、クレストブックスはいい本を出しているけどわたしの好みとは合わないのか、この作家は短編ならいいけど長編は難しいのではないかとさえ考えながら読んでいた。

 その印象を覆したのは、最後に収められている作品『三度目で最後の大陸』である。イギリスへ留学し、アメリカで働くインド人の青年が親の決めた相手とカルカッタで結婚式を挙げ、妻が渡米するまで借りた部屋の大家、ミセス・クロフトは100歳を超えていた。

 1969年、人類が初めて月面に着陸した場面がテレビをにぎわせた年、その話を引き合いに出しては「すごいです!」の返事を強いた大家のもとに初めて新妻を連れて行ったときのミセス・クロフトの言葉は忘れがたい印象を残す。この一言で、ぎこちなかった新婚の夫婦の距離は一気に縮まる。過去と現在、現在と未来がつながり、青年が生まれ育ったインド、学問を修めたイギリス、そして大家と出会ったアメリカが一つの線で結ばれる。

 缶詰のスープや玉子カレーといったさりげない日常の生活を描きつつ、時間と空間のはてしないほどの広がりを感じさせる。そして、その広がりの中でめぐりあった不思議さに目を開かされ、今生きていることの重みを実感させてくれた。

 すぐれた短編は長編を読んだときに劣らぬ満足感と感動を与えてくれるが、ラヒリの短編はまさしくその喜びを感じさせてくれた。

 振り返ってみると、それぞれの作品のおもしろさがようやくわかりかけたような気がしている。わかりあおうとしてわかりあえない悲しみと切なさ、ざらっとした苦さ、遠くにいるものにはせる思いを抱えながら営まれるそれぞれの暮らしがさりげなく、きめ細やかに描かれている、これがラヒリならではの魅力だろうか。

 この才筆が長編でどう生かされるのか。『その名にちなんで』を読むのが楽しみである。
posted by 如月 at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2005年01月25日

『貧者の晩餐会』イアン・ランキン 

延原泰子・他訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ ISBN 4-15-001748-4

 リーバス警部シリーズで知られるイアン・ランキンの短編集。リーバス警部もの7編を含む21編が収録されている。

 イアン・ランキンを読むのは初めて。リーバス警部ものに見られるエジンバラの雰囲気に惹かれる。エジンバラ城、ウォルター・スコット記念塔、細い路地、突風。直に味わってみたい。猪突猛進型でちょっぴり皮肉屋だけどどこか憎めないリーバス警部はかなり好みである。シリーズとおして読んでみたい。

 この短編集の中では『キャッスル・デンジャラス』『一人遊び』が好み。『サンタクロースなんていない』で出てきたディケンズ絡みのミステリ・ディナー、楽しそうだ。

 リーバス警部もの以外は時代設定も舞台もとりどりである。『動いているハーバート』はCWA賞最優秀短篇賞受賞作。18世紀末が舞台の『大蛇の背中』、最後の叫びが哀切な『吊された男』、確かに会計の原則だとつぶやいてしまった『会計の原則』などが特に印象に残っているが、こうして書いているとどれも捨てがたく思われる。

 とりどりに趣をたたえ、短編小説を読む楽しみを堪能させてくれる。贅を尽くした『貧者の晩餐会』、お試しあれ!

序文
一人遊び――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
誰かがエディーに会いにきた 対馬 妙訳
深い穴 対馬 妙訳
自然淘汰 矢沢聖子訳
音楽との対決――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
会計の原則 駒月雅子訳
唯一ほんもののコメディアン 矢沢聖子訳
動いているハーバート 高儀 進訳
グリマー 東野さやか訳
恋と博打 東野さやか訳
不快なビデオ 松本依子訳
聴取者参加番組――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
キャッスル・デンジャラス――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
広い視点 松本依子訳
新しい快楽 延原泰子訳
イン・ザ・フレーム――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
自白 駒月雅子訳
吊された男 松本依子訳
機会の窓辺――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
大蛇の背中 東野さやか訳
サンタクロースなんていない――リーバス警部の物語―― 延原泰子訳
posted by 如月 at 21:23| Comment(3) | TrackBack(0) | L

2004年12月03日

『言の葉の樹』アーシュラ・ル・グィン 小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫SF 

"THE TELLING" by Ursula K.Le Guin ISBN; 415011403X

 インドで生まれバンクーバーで育った地球人女性サティ。そのふるさと地球(テラ)は一時的に宗教的教条主義者であるユニストに支配され、恐怖政治がしかれた。ユニストのシステムが変わり、地球はエクーメン――大宇宙連合に加入する。エクーメン大学で教育を受けたサティは観察員(オブザーバー)として惑星アカに派遣される。アカではエクーメン化が進められ、古い象形文字で書かれたあらゆる書籍が燃やされた。歴史的な文化遺産がことごとく灰燼と帰したアカで、サティは失われたはずの伝統文化の痕跡を求め、辺境世界へと足を踏み入れていく。サティを監視する役目を負う監視官ヤラもまた、サティを追って奥地の村へ向かう。そこでサティが出会ったのは語り=TELLINGだった。

 圧政と恐怖政治、踏みにじられてもなお生き延びていく文化が、明晰で詩的な文章で描かれている。心の底に強く訴えかけてくる力が伝わってきた。

 ある特定のイデオロギーを全国民に強制しようとする恐怖政治は中国の文化大革命を、辺境の村での暮らしは『大地の子エイラ』のネアンデルタール人の暮らしを思い起こさせる。だが、ル・グィンの筆はそれにとどまらず、より普遍的な文明のあり方、人のあり方、社会のあり方に対する問題を提起しているように思われる。辺境の村の文化は聞くこと、耳を傾けることの大切さをわたしたちにそっと語りかけている。

〈ハイニッシュ・ユニヴァース〉を舞台に描いたローカス賞受賞作品とのことだが、SFは読み慣れていないし、ル・グィンのSFを読むのは初めてなので何が何やら状態だったため、解説を参考にさせていただいた。設定をどこまで的確にとらえられているかについてはいささか心もとないが、小尾芙佐さんの流麗な翻訳に導かれ、サティに共感しつつ、また文明のさまざまな姿に思いをこらしつつ、ル・グィンの描いた世界にひたっていた。

 ル・グィンは『ゲド戦記』を4巻までしか読んでいないが、言葉の力と確固とした文明観に惹かれ、心の奥底の何かが動かされるのを感じた。そして、この作品でも同じ感想を抱いた。

 しばらくこの人の作品を追いかけてみたいと思う。


「彼女はその話に耳を傾けるすべを学びたいとおもった。尋ねるのではなく、ただ耳を傾けることを。」193p
posted by 如月 at 20:21| Comment(2) | TrackBack(0) | L

2004年09月09日

『帰還 ゲド戦記 最後の書』 ル・グウィン 清水真砂子訳 

TEHANU by Ursula K.Le Guin

 ゴントの中谷に住む後家「白い女」ゴハは、生きながら焼かれた少女を引き取り、テルーと名付ける。

 ゴハのもとに使者が訪れ、オジオンが呼んでいると伝える。ゴハはテナーを連れ、ル・アルビへ向かう。ゴハ、その真の名は、アチュアンの墓所の大巫女、アルハと呼ばれたテナーである。

 オジオンを看取った後もル・アルビに残るテナーは、ある日、竜が自分に向かってくるのを見る。竜、カレシンにテナーは自分の真の名を告げる。その背に乗るのは、さいはての島での戦いですべての力を使い果たしたゲドだった。魔法の力をなくしたゲドは、ロークに戻ろうとしない。ハブナーからの王の使いから逃れるため、テナーはゲドを中谷へ赴かせる。

 テナーもまた、テルーを連れて中谷への道をたどるが、かつてテルーを焼いた一行につかまりそうになり、停泊中の船に逃げ込む。それは、ゲドを探しに来たハブナーの王、レバンネンの船だった。

 テナーとテルーは農園に帰るが、ある夜、テルーを焼いた一行に襲われる。たまたま出くわしたゲドが熊手で一行を撃退する。再会したゲドとテナーは……。


 成長した子どもが家を去り、夫が死んで一人になったテナー。その孤独を、いつかまたわたしも味わうことになるのかもしれない。そう思いつつ、テナーに思いっきり入れ込んで読んだ。

 かつては墓所の大巫女であり、ゲドとともにこわれた腕輪をひとつにしたテナーであっても、世間の人はただの中年の女としか見ない。これが世の中なのだとわかってはいるけれど、腹立たしさを抑えられなかった。

 そんな中にあって、背筋を伸ばして生きるテナーの強さに惹かれる。それも超人的な強さではなく、年もとるし、弱気にもなることもある。それでも、テナーには凛とした強さがある。

 そして、ゲドの弱さに惹かれる。賛否はあるのだろうけれど、わたしは力をなくしたゲド、魔法使いですらなくなったゲドが好きだ。洗い物をするゲドも好き。丸ごとの人間という気がするから。

 そして、テルーにも惹かれる。強姦され、生きたまま焼かれた少女。ケロイドの残る顔。つぶれた目。けれど、残った目は炎のように燃える。テルーの存在の鮮やかさは読むものの心にくっきりと刻みつけられる。生きたまま焼かれたたくさんの子どもたち、そして友だちが焼かれるのを見てしまった子どもたち……。テルーの存在が意味するものはあまりに深く、重い。

 フェミニズム色の強い作品であることは認めるが、やはりこれはファンタジーだとわたしは思う。それも、とびきりすぐれたファンタジーであると。そこに確かに人間がいる、歴史がある、そう感じさせてくれる物語である。
posted by 如月 at 17:36| Comment(5) | TrackBack(0) | L

2004年09月08日

『さいはての島へ ゲド戦記3』 ル・グウィン 清水真砂子訳

THE FAREAST SHORE Ursula K.Le Guin

 アースシーの島々で異変が起こっていた。魔法が力を失いつつあったのだ。ロークの大賢人ゲドは、エンラッドの王子アレンとともに、闇と戦うため、さいはての島へ旅立つ。

 きらきら光る噴水の前でのゲドとアレン、長たちの話し合い、ホート・タウンのウサギ、大海原、魔法の力をなくした老婆アカレン、その息子の染師ソプリ、飛び立つ竜、いかだ族、黄泉の国での戦い──さまざまな場面がくっきりしたイメージを与える。

 旅する過程で語られるゲドの言葉の深さに打たれる。とっつきにくい横顔を見せるゲドに、ともすればひるんでしまいそうになるが、その言葉のひとつひとつに知恵と歴史が感じられ、もっともっと話を聞かせてもらいたくてたまらなくなる。

 感銘を受けた箇所に附せんを貼っていったのだけど、たくさんありすぎて書き出すこともできなくなってしまった。一度では受けとめきれない言葉たちに、また会いに行きたい。


「あの女は、昔、たいへんな力を持っていた。」彼は続けた。「ただのまじない女でもなければ、薬ばあさんでもなく、本格的な魔法に通じた、誇り高い、立派な人だった。その術と技を美しいものをつくりだすことに使っていてな。それがあの人の人生だった。だが、もう、すべては過去のものになった。」156pp


「いいか、アレン、この世ではふたつのもの、相対立するふたつのものがひとつのものを作りあげているのだ。万物と影。光と闇。天の両極。そして、生は死から、死は生から生まれている。相対立しながら、両者はたがいを求め、たがいに命を与え合い、永遠によみがえりを続けていく。すべてがそうだ。りんごの花も、星の光も……。生きてこそ死があり、死んでこそよみがえりもある。となると、死の訪れない生とは、いったいなんだ? どこまでも変わることなく、永遠に続く生とは? 死を他にして何がある? よみがえりのない死をほかにして……。」248pp

 
posted by 如月 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | L

2004年08月28日

『ゲド戦記2 こわれた腕輪』 ル・グウィン 清水真砂子訳

 弾むような足取りの生き生きした少女テナーは、墓所の大巫女の生まれ変わりとして5歳でアチュワンへ連れて行かれ、名を失ってアルハと呼ばれ、名なきものに仕える者となる。

 15歳になったアルハは、地下迷宮を巡っているとき、男の姿を見かける。だれも入れないはずの迷宮になぜ? 

 アルハが出会った男は既に偉大な魔法使い、そして竜王としてその名を馳せるゲドだった。ゲドはかつて離れ島に暮らす老女から贈られた腕輪の半分を探して、アチュワンの墓所をさまよっていた。その腕輪こそ、争いの絶えぬアースシーに全き平和をもたらすものであった。

 ゲドとの対話を重ねる中で、アルハはみずからの存在の意味を問う。安楽ではあるが、闇にとらわれたまま生きるのか。苦しくても自由なひとりの人間として光の中で歩むのか。アルハが選んだのは──。

 巫女となった少女が、テナーだった頃の記憶をなくしていき、そして、テナーに戻った少女がみずからの行為に目を向け、新たに示された自由におののく──自由を求め、自由の重さにたじろぐ少女の心理が痛々しいほどきめ細かく表現されており、みずからに引き寄せて考えずにいられなくなる。

 そして、それはひとりひとりの心の中で起こるのみならず、人の生きる社会、世界全体でも同じことが起こっていると言える。何と、精緻に描かれた、壮大なファンタジーなのだろう!

「たとえ滅びても闇に身をゆだねたいと思うのも人間の本性ならば、生への願望につき動かされて、困難とわかりつつ、光への道を歩もうとするのも、これまた、人間の本性といえましょう。」訳者あとがきより 

THE TOMBS OF ATUAN Ursula K. Le Guin
posted by 如月 at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | L