2008年02月28日

『大きな熊が来る前に、おやすみ。』岸本理生 新潮社

 ためらいがちに新しい恋に踏み出そうとしたとき、わたしの心に浮かんだ思い、それは……。心の奥深くで今もうずく傷、傷つきたくない、自分を守りたいという気持ちが強すぎて、自分の殻に閉じこもったり、相手を傷つけたりしてしまうこと、それでもぬくもりを求める心。 

 自分の中にも、そんな気持ちがある。この中にわたしがいる。

 そして、この子たちにこう言ってやりたい。何もそんな「イタイ」思いを抱え込むことはないんだよ。好きなように生きていいんだよと。けれど、それは彼女たちも、頭ではよく分かっているのだろう。分かっているけど、こんなふうにしか生きられない、そんな声が聞こえてきそう。

 一言だけ付け加えさせてほしい。そんな痛さを抱えながら親になるのはやめてね。いつか爆発してしまうかもしれないから。子どもを傷つけてしまうかもしれないから。どうか、どこかの時点で痛さを手放してください。

 帯には「人を好きになること、誰かと暮らすことの、危うさと幸福感を、みずみずしく描き挙げる感動の小説集」とあるが、ちょっと違うような気がする。わたしがこの小説集を読んで最も強く感じたのは、底知れぬ深みにはまり込みそうな危うさであり、それは幸福感とはほど遠かった。そして、みずみずしさというより倦怠感を感じる。 

 暴力は不安の裏返し。愛されたい不安だろうか? それが他者に向けられるか、自分に向けられるか? どんな人の中にも、そんな不安が潜んでいるような気がする。

 ずっと前向きはしんどい。ずるずる深みにはまっていくのはいやだけど、たまには、弱い自分に居場所を与えてやってもいいんじゃないか、そんな気持ちを起こさせる小説集だった。
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2006年06月26日

『八十四歳。英語、イギリス、ひとり旅』清川妙 

 小学館 ISBN:4093876029

 新聞広告で見て興味を持ち、図書館の棚に並んでいるのを見て借りてきた本。著者が語学学校の個人レッスンを始めたのは五十五歳のときのこと。

今から思えば五十五歳という歳はなんと若く、未来をたっぷりはらんだ年齢だったことだろう。わたしは女学生の気分であった。


 このひとことは衝撃的だった。ともすれば自分の年齢を考えては「もう遅いんじゃないか」「今さら努力してもものになるはずないじゃないか」と悲観論に陥りがちな自分に渇を入れられた。

 個人レッスンを始めて一年後、著者は初めてイギリスへの旅に出る。そして六十五歳で今度はひとりでイギリスを旅する。巻末には旅年表が添えられており、毎年どころか、一年に二度渡英した年もあると記載されている。

 その間、著者の身の上にも大きな変化があった。それでも著者は旅を続ける。旅先での出会いと別れ、強まる絆に支えられ、二〇〇五年、八十四歳の著者はまた旅に出る。著者のしなやかな強さに驚嘆するとともに、励まされる思いである。

 ふくよかな体つきの著者がダイエットを志願していると告白されている場面では、それまでちょっと遠い存在だった著者が急に身近に感じられた。

 旅先での写真に心が温まる。出会った人々の笑顔があふれている。わたしも旅に出たくなる。

 手元に置いて何度も読み返したい本である。

とにかく、思い立ったが吉日、すぐにスタートしよう。そして、あきらめず、粘り強く、楽しむ余裕も持ちながら、すこしずつ望みを育てていこう。望みのかたちは人さまざまだが、育てていくうちに、確実に自分も育っていく。
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2006年05月30日

"JUPITER'S BONES" Faye Kellerman

Avon Books ISBN: 0380730820

 カルト教団のリーダー、ファーザー・ジュピターが自室で遺体となって発見された。ベッドサイドのテーブルにはウオッカの空き瓶と薬瓶が残されていた。自殺か事故か? 捜査のため、ロサンゼルス市警刑事デッカーと部下たちは教団の敷地に乗り込む。

ジュピターはかつては高名な天体物理学者であり、その娘エウロパもまた天体物理学者となって、父の教えた大学で研究職に就いている。ジュピターの死を警察に知らせたのはエウロパだったが、エウロパ自身は父とは年に一度電話で話すだけだったという。

ジュピター亡き今、教団は4人の幹部メンバー、プルート、ヴィーナス、ボブ、ノヴァにゆだねられていたが、4人の間には不穏な空気が漂っていた。捜査が難航するさなか、教団のメンバーが失踪し、幹部のひとりが殺害される。相次ぐ死の真相は? そして教団は? 

 ピーター・デッカー&リナ・ラザルス・シリーズ第11作。作品に描かれるカルト教団の姿に、日本でもよく知られた数々のカルト教団が重なり、背筋が冷たくなった。

 事件に関わるひとりひとりの心の動きが丁寧に描かれた読みごたえのある作品である。なかでも、思春期まっただ中の息子たちを気遣うリナがとても近くにいるように感じられた。デッカーが帰宅するたび愛娘ハンナ・ローズと何年ぶりかの再会のように抱き合う場面は微笑ましく、血のつながらない息子たちと葛藤しつつも絆を深めていく場面に胸が熱くなった。世間からの風当たりが強かった父に対するエウロパの思いは愛憎入りまじり、苦しくなるほど切ない。ちらりと出てくるユダヤ教の習わしが興味深い。

 天文学、物理学関係の専門用語が出てきたのがつらく、とりわけエウロパがデッカーにアインシュタインの相対性理論を語る場面では、日本語でもわからない理論をなぜ英語で読まなくてはいけないのかと思ってしまったが、投げ出しそうになったのはこのあたりだけだった。

ピンと張りつめたような緊迫感に包まれ、クライマックスに向かって息詰まるほどの盛り上がりを見せる。読後にほろ苦さとともに温かさが残る。事件は陰惨であるが、家族や友人との情愛の強さ、温かさに救われる。

 このシリーズを読むのは初めて。リナとデッカーがどのように出会い、今に至ったのか、これからどうなるのか、じっくりつき合いたいシリーズである。
 
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2006年03月09日

"GIFTS FROM THE SEA" Natalie Kinsey-Warnock

ISBN: 0440419700

 12歳のクィラは母を亡くし、父とふたりきりになった。父はニューイングランド沖の孤島の灯台守、妻が重態に陥っても医者に診せることもできず、亡くなっても島を離れることはできない。母亡き後、母が担っていた仕事はすべてクィラの肩にかかってきた。母の死を悲しむいとますらないまま、クィラは日々の暮らしに追われる。

 嵐の翌日、浜辺を歩いていたクィラは2枚のマットレスが漂着しているのに気づく。マットレスの間には、赤ちゃんがいた!

 クィラと父は赤ちゃんをCecelia「海からの贈り物」と名づける。慣れない育児に初めは戸惑うクィラだったが、いつしか赤ちゃんは、クィラと父にとってかけがえのない存在になっていた。ある日、灯台にひとりの女性がやってくる。

 かよこさんが読まれているのを見て読みたくなった本。パステル調の表紙画はのどかな感じだが、内容はほろ苦く、重い。だが、そこに一筋の希望が差しており、読後感は温かい。

 孤島の美しさとさみしさがみごとに描かれている。夜の海の場面は幻想的だった。

 母を亡くした12歳の少女の悲しみ、切なさ、やりきれなさがひしひしと伝わってくる。かつて12歳の少女だったころのこと、12歳になった娘のこと、いろいろなことを考えさせられた。

 ニューベリー賞を受賞していてもいい作品と思えたが、案外知られていないことに驚いた。この作品の邦訳は出ておらず、他の邦訳本も入手困難である。もっと注目されていい作品であり、注目されていい作家だと思う。

 心に残る物語を紹介してくださったかよこさんに感謝!
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2005年08月03日

『刹那の囁き』アレックス・カーヴァ著 新井ひろみ訳 MIRA文庫

"SPLIT SECOND" Alex Kava

 FBI捜査官マギー・オデール・シリーズ第2作。

 ハロウィンの日、殺人鬼スタッキーは護送していた警官2名を殺害して逃走し、脱獄に成功した。
 5カ月後、ピザ屋で働く若い女性が殺害され、摘出された内臓でつくったオブジェが発見された。それはあの殺人鬼スタッキーの手口を思わせるものだった。さらに、事件当日、被害女性がマギーの自宅にピザを届けていたことが確認された。マギーの周囲に魔の手が迫る。そして、その手はついにマギー自身に迫ろうとしていた――。

 マギー・オデール・シリーズは好きなのだけど、これはちょっといただけない。この作品は追い詰められていくマギーの気持ちはわかるけど、ロマンスもサスペンスも中途半端だ。残念だけど、これはお薦めできません。
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2005年05月21日

『悪魔の眼』アレックス・カーヴァ 新井ひろみ訳 MIRA文庫

A PERFECT EVIL Alex Kava ISBN 4596910448

 ネブラスカ刑務所で3人の男の子を殺したロナルド・ジェフリーズの死刑が執行された。これでもう、子どもが殺されることはないはず。だが、執行前にジェフリーズは、最期の告解を担当したフランシス神父に、自分が殺したのは一人だけだという。死刑囚が刑場に引き出されるのを見送る神父の耳に3日前に聞いた懺悔が蘇る――。

 その3ヵ月後、新聞配達をしていた少年が行方不明になり、遺体で発見された。そしてまた一人、男の子が殺される。殺人鬼は野放しにされていたのか? 協力を依頼されたFBI特別捜査官マギー・オデールはみずからも癒えない傷口を抱きながら、悪魔を追う。

 FBI特別捜査官マギー・オデール・シリーズ1作目。3作目の『こぼれる魂』から熱く伝わるものを感じたので、最初から読んでみようと思って読んでみたが、いやはや何と言えばいいのか……。『こぼれる魂』に通じるものは感じられるのだが、この作品に描かれるロマンスの安直さに途中で投げ出したくなった。仕事の最中にそんなことばかり意識し合ってどうする! ちゃんと仕事しなさい! この緊急時に何考えてるんだ! と怒鳴りつけたくなってしまった。

 ネット上でこの作品に対する酷評を見て「そこまで言わなくても」と思っていたが、残念ながら当たっているようだ。ハーレクインから出しているからそれらしく演出したのかもしれないが、そのために緊張感を削ぎ、台なしにしてしまっている。この作品から読んでいたら、わたしもきっと2作目を読む気にはなれなかっただろう。

 この作家はロマンスは苦手なようだ。ロマンスの要素を排除した3作目で、やっと自分のフォームを見つけたのかもしれない。ハーレクインからデビューしたのが誤りだったのか。

 それでも、告解に始まり、一人の神父の心の軌跡を追うストーリー展開に、わたしは惹かれる。ロマンスの出来の悪さは別として、やはり何か伝わってくるものがあるように思う。もしかしたら、このカーヴァという作家は宗教を軸に置いた作品を描こうとしているんじゃないか、そんな気がしている。

 一応2作目も読むつもりだけど、さて、どうだろう。あまり期待しない方がいいのかな?
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2005年05月20日

"TONIGHT I SAID GOODBYE" Michael Koryta

Thomas Dunne Books/2004.09.20/ISBN: 0312332459

《探偵の死と妻子の失踪の裏にうごめくものは? 期待の新鋭が放つサスペンス》

 春まだ浅い3月のクリーヴランド。私立探偵リンカーン・ペリーはジョン・ウェストンから、息子ウェインの死の真相とその妻子の行方を調べてほしいという依頼を受ける。ウェインは5日前、郊外の自宅で死体で見つかり、妻ジュリアと5歳になる娘ベシーの姿が消えた。メディアは、ウェインが妻子を殺害後自殺と書き立てたが、ジョンは報道を否定する。絵に描いたように幸せな暮らしを送っていたウェインが妻子を殺害して自殺するなどとても考えられない、ウェインは殺害され、妻子は誘拐されたとジョンは主張する。金に糸目をつけないという条件にひかれ、リンカーンはパートナーであるジョー・プリチャードとともに調査を開始する。

 探偵だったウェインは死の2週間前、助手に調査依頼リストを渡していた。その中には犯罪歴のあるロシア人男性3名の名前があった。ロシア人たちの家へ様子を探りに行ったリンカーンとジョーが事務所に帰るや、クリーヴランド警察の刑事とともにFBI特別捜査官コディが訪ねてきた。コディは、ウェインの事件とロシア・マフィアとの関連を示唆し、捜査から手を引くよう求める。麻薬と銃を密輸し、殺戮を好むロシア・マフィアは、今やクリーヴランドを新たな拠点としつつあった。

 死の数日前、ウェインはサウス・カロライナにいたが、そこにはウェインの海軍時代の同僚で親友のハーティクが住んでいた。鍵を握るかと思われたハーティクは、リンカーンとジョーの目の前で射殺された。新たな手がかりを求めてサウス・カロライナに飛んだリンカーンは意外な人物に遭遇する――。

 ときに叙情さえ感じさせる文章とスピード感のあるサスペンスに溢れた展開で読者を楽しませてくれる。ともに警官から探偵へと転身したリンカーンとジョー、2人に協力する雑誌記者エイミーのやりとりは軽妙で、続きを読んでみたいと思わせる。

 著者コーリタはインディアナ大学在学中の21歳。デビュー作である本作には高校時代から続けている私立探偵と新聞記者としての経験が生かされており、みずみずしさのうちに完成度の高さがうかがえる。2003年セント・マーティン・プレス最優秀処女私立探偵小説賞受賞。執筆中の次作の刊行が楽しみである。
                               
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『海外ミステリ通信』
4月号より転載

邦訳『さよならを告げた夜』マイケル・コリータ 越前敏弥訳 早川書房
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2005年03月04日

"SNOWCOUNTRY" Yasunari Kawabata

Tranlated from the Japanese by Edward G.Seidensticker

 川端康成著『雪国』の英訳本。ERCで読みました。

『雪国』はずっと以前に読みました。どういうお話だったかはきれいに忘れており、しんとした雰囲気だけが印象に残っています。

 いかにも日本的な、しんとした陰影の深い世界が英語で表現されています。その中で、女たちのひたむきな瞳がひしとこちらを見つめているような……。言葉の持つ不思議な力を感じながら読んでいます。

 日本語で描かれた作品の英訳を日本語ネイティブが読む、何とも不思議な世界です。

 始めはこんなふうに表現するのだなとおもしろがっていましたが、そのうち、原文はどう表現しているのかきになってたまらなくなり、また、日本語の作品を英訳で読むということに違和感を感じたりもしました。

 そして、あと20ページ弱を残すばかりとなったころには、作品そのものに惹きつけられました。

 島村をめぐる駒子と葉子、二人が醸し出す緊張感は今、頂点に達しようとしています。何も起こらずに済むはずがない、きっと何かが起こる……取り返しのつかない何かが……。

 張りつめた雰囲気のまま、終局へと走り出しています。止める術すらないままに……。

  
posted by 如月 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | K

"FROM THE MIXED-UP FILES OF MRS.BASIL E.FRANKWEILER" E.L.Konigsburg

"Therefore,she decided that her leaving home would not be just running from somewhere but would be running to somewhere."クローディアは家出を決行する。逃れるためではなく、どこかに向かうために。行き先はメトロポリタン美術館。同行するのは金銭管理の上手な弟ジェイミー。

 美術館での奇妙ではあるが、それなりに工夫された生活が始まる。勉強することはいくらでもある。だって、美術館だもの。それも世界有数の。そして、ある日、二人は長い列ができているのに気づく。その先にあるのはミケランジェロの作品かとささやかれている小さな天使の像。果たして像は本物か偽物か。捜査は行き詰まり、思いあぐねた二人は、像を225ドルで売ったフランクウェイラー夫人を訪れる。夫人は一体何者なのか。ファイルの中に秘められた謎とは?

 少し前に某所でカニグスバークの訳書についての話が出ており、気になったので、手元にあったこの本を読んでみた。名文家である。話の展開も実におもしろく、クローディアの気持ちの動きが手に取るように描かれている。成長するために通りすぎなければいけない何かを、大人になったわたしたちにも教えてくれる。自分が何を求めているのかを探していたあのころ。だれもが通り過ぎる「あのとき」を作者はその巧みな筆致でわたしたちに思い出させてくれる。そして、今、また、これから「あのとき」を迎えようとしている人たちに、優しい眼差しを向けるよう促しているように思われる。

 1967年に出版された本だが、出版後35年を記念して出された版には作者の後書きが掲載されている。この35年を思い、その間のニューヨークの変貌、とりわけ9.11以後の変貌について触れられている。都市は変わる。人の心もまた変わるものではあるけれど、長い時を経ても「あのとき」を迎える子どもたちの心のおののきは今も昔も変わらないのだと思う。

 ニューベリー賞受賞作品。邦題『クローディアの秘密』
 
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『悪童日記』アゴタ・クリストフ 堀茂樹訳 早川書房

"LE GRAND CAHIER" Agota Kristof ISBN 4-15-207704-2

 戦渦を逃れるため「大きな町」から母に連れられて祖母の住む「小さな町」にきた双子の兄弟。生き延びるために双子がしたこととは……。

 感情を交えず、淡々と事実のみを双子は綴っていく。ショッキングな場面もさらりと描かれているため、おどろおどろしい感じはしない。だが、その行間から立ちのぼる情念の深さにたじろいてしまう。濃密な小説である。

 アゴタ・クリストフという人は凄い小説を書く人だ。何か、とても熱いものに触れたようで、こころが火傷状態。

 確かに、国の名前も地名も特定されていないが、ヨーロッパの現代史を考えると、ある地方があぶり出されてくる。映像が一つ一つ目に浮かんできて苦しいほどだった。

 訳者による解説もすばらしい。きっちり理解できていないのが悲しくなるくらいだった。

 あとの2冊も必ず読もうと思う。
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FLOWERS FOR ALGERNON Daniel Keyes

[書名]     Flowers for Algernon
[著者名]    Daniel Keyes
[発行年月日] 1966.3
[出版社]    Bantam Books
[ISBN]     0-555-27450-3
[定価]     US $5.99
 

 脳外科手術によって知的能力を向上させる実験が行われた。実験台に選ばれたのは、知的障害はあるが、善良で勤勉な青年チャーリー。親元を離れ、パン屋で働く彼の回りには彼を温かく見守る仲間や教師がいた。

 先に手術を受けたのは、白ネズミのアルジャーノン。複雑な迷路をいともたやすく、くぐり抜けるアルジャーノンを見たチャーリーは「賢くなりたい」「賢くなって家族や周囲の人に愛されたい」との一心で、手術を受ける。

 術後、チャーリーは驚異的に知的能力を伸ばし、いわゆる天才と呼ばれるレベルにまで向上する。実験は成功し、「賢くなった」チャーリー。だが、IQこそ高くなったものの、情緒や感情の発達が伴わないチャーリーは、周囲の人々を批判的な目でしか見られなくなり、そんな彼のもとから仲間も恋人も去っていく。母も自分を捨てたと思いこみ、孤立感を深めるチャーリー。

 知的能力の発達が止まり、今度は急速に低下していくことに気づいたチャーリーは混乱し、自暴自棄に陥っていく。

 読みながら疑問に思ったのは、人格の変化を伴うような手術を安易に行ってよいものかどうか、知的障害者をそのような手術の実験台とすることにどういう意図があるのか、そして著者は知的能力と感情、情緒との関係をどうとらえているのかということだった。

 科学的な根拠のない手術の実験台となったチャーリーを襲う悲惨な状況に著者はなぜここまでチャーリーを追いつめなければならないのか、著者は人間をどういう存在としてとらえているのか。著者に聞いてみたい。 
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2004年12月31日

『こぼれる魂』 アレックス・カーヴァ 新井ひろみ訳

"THE SOUL CATCHER" Alex Kava MIRA文庫   ISBN: 4596911142

 マサチューセッツのとある河畔。若者が立てこもるキャビンにFBI捜査官らが踏み込んだとき、そこにあったのは青酸カリをあおった死体の群だった。解剖に立ち会ったFBI特別捜査官マギー・オデールは同僚だったディレイニー捜査官の遺体があることに気づく。指揮を執っていたディレーニーは若者に射殺されたのだ。

 相棒タリーとともに捜査を開始したマギーは、若者たちが属していたのはカルト教団であることを突きとめる。数日後、教団が集会を行った公園で少女が惨殺される。捜査を進める過程で、マギーは母キャスリーンが教団を率いるエヴリットという男と深くかかわっているのを知る。捜査官としての立場と娘としての立場の間で苦悩するマギー。

 捜査の対象となっていると察知したエヴリットは教団の移住をはかろうとする。このまま見逃すわけにはいかない! マギーとタリーは教団を追い詰める。


 原題の"THE SOUL CATCHER"は、巻頭に掲げられた作者不詳の詩の中の「魂泥棒」か。

 サスペンスにあふれた展開と行き詰まるクライマックスに圧倒された。不気味なカルト教団とその教祖のいやらしさに、やり切れない事件を多数起こした日本の某カルト教団が思い出されて、背筋がぞっとした。教祖を名乗るあの男も恐らくこうだったのだろう。そして、教団に惹きつけられた若者たちも同じ目をしていたのだろうと思うとたまらなくなる。

 カルト教団のうさんくささと不気味さを詳細に伝えるとともに、信者である若者たちや捜査に携わる捜査官らの心のひだ、さらには人との絆をも細やかに描き、読みごたえのある作品に仕上がっている。

 心に傷を負っているとはいえマギーはちょっと頑な過ぎないかと思うが、その一途な姿勢に熱いものを感じる。アレックス・カーヴァのサイコ・スリラー、FBI特別捜査官マギー・オデールシリーズ第3作。本国では既に第4作が出版され、人気を集めている。マギーのさらなる活躍が楽しみだ。
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