2004年12月20日

『ブラック・リスト』サラ・パレツキー 山本やよい訳

"BLACKLIST" Sara Paretsky 早川書房
ISBN: 4152085959

 9.11から半年がたとうとしている2002年3月。恋人のジャーナリスト、モレリがアフガニスタンへ取材に発ち、寂しさと不安を隠せないヴィクことV・I・ウォーショースキーのもとへ長年の顧客ダロウ・グレアムから依頼が来る。郊外の高級住宅地にグレアム家が所有していた邸宅ラーチモント館に不審者が侵入している気配があるので調査してほしいという。

 鬱屈していたヴィクは早速深夜ラーチモント館に潜入するが、そこでバックパックを背負った少女に出くわす。少女を追ったヴィクは足を滑らせ、池に落ちる。水草につかまろうとしたヴィクがつかんだのは人間の手だった――。

 ラーチモント館の池で死んでいたのは、気鋭の黒人ジャーナリスト、マーカス・ウィットビー。マーカスは1930年代にローズヴェルト大統領が始めた連邦劇場プロジェクトにかかわっていた黒人女性舞踏家カイリー・バレンタインについての本を書くため、関係者に取材し、資料を収集していた。

 折しも、保守派を代表する著名人、オリン・タヴァナーが退職者ホームの自室で死んでいるのが発見される。

 ラーチモント館でヴィクが出会った少女は、シカゴきっての名門女子校ヴァイナ・フィールズ学園に通うキャサリン・ベイヤードだった。学園では、台所で働いていたエジプト人少年ベンジャミンが失踪し、FBIがその行方を追っていた。

 調査を進める中で、ヴィクは、この事件の裏に1950年代から1960年代にかけて全米を吹き荒れた「赤狩り」が関係していることに気づく。

「赤狩り」――1947年10月、非米活動委員会第1回公聴会に始まる大々的な反共キャンペーン。ブラックリストに載せられること、それは破滅を意味していた。

 アメリカでは、9.11のわずか1カ月半後に愛国者法(the Patriot Act)が成立し、テロ容疑がかかった場合、弁明のいとまもなく、逮捕される事態が起こりうることとなった。エジプト人少年ベンジャミンもまた、イスラム教徒であるがゆえに、身に覚えがなくても「テロ容疑者」としてFBIに追われていたのである。

 黒人ジャーナリストの死から始まる捜査は、かつてのブラック・リスト、そして現代のブラック・リストとの対峙をも余儀なくさせる。

 豪壮な邸宅に住む人々から野心的なジャーナリスト、皿洗いの少年ら、さまざまな階層、民族の人々を取り巻く嵐の中で、ヴィクは池に潜り、廃墟となった屋敷の洗面所の窓から飛びおりるという、超人的な活躍を見せてくれる。

 そして、キャサリンを追い、北へ向かったヴィクが見たものは――。

 魔女狩りの様相を呈し始めた現代アメリカ社会にサラ・パレツキーが抱いている憂いがストレートに伝わってくる。ヴィクとともに駆け回る中で、容赦なく人を断罪する恐ろしさが実感される。そして、抱き続けた恋慕と憎悪、早すぎる恋の切なさに、ページを置いたあと、しばし考え込んでしまった。

 時代の流れの中で人としてどうあるのかということまで考えさせる渾身の作。

 2004年CWA賞ゴールド・ダガー受賞。
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2004年12月13日

『ダンテ・クラブ』マシュー・パール 鈴木恵訳 新潮社

THE DANTE CLUB Mathew Pearl ISBN: 4105447017

 南北戦争の余塵さめやらぬボストンで猟奇的な連続殺人事件が起こる。当時、詩人ロングフェローらボストン文壇の重鎮らはみずからを「ダンテ・クラブ」と称し、ダンテ『神曲』アメリカ版翻訳に取り組んでいたが、旧弊なハーバード大学はその試みを封じ込めようとしていた。

 殺害方法がダンテ『神曲』地獄篇での劫罰を模していることに気づいたのはダンテ・クラブのメンバーだった。犯人は『神曲』に精通している! このままでは犯行は続き、クラブに嫌疑がかかり、結果クラブが心血を注いでつくりあげた『神曲』は日の目を見ることなく歴史の中に埋もれてしまう! 危機感にかられたダンテ・クラブのメンバーは犯人との知恵比べにも似た戦いに総力を結集する。

 実在したクラブをモデルとした重厚な文学・歴史ミステリ。『神曲』を知らなくても十分楽しむことができ、『神曲』そのものを読んでみたい気持ちにさせてくれる。

 事件が『神曲』を模したものであることに気づくまでが長く、冗漫に感じられたが、寡黙だが高潔な人柄を感じさせるロングフェローはじめ人物像はいきいきと描かれており、『神曲』への興味と人間群像のおもしろさにひかれて読み進めていった。遺体の有様は残虐かつグロテスクであるため、繊細な方にはお薦めいたしかねる。

 とりわけ、架空の人物ではあるが、ニューイングランド初の黒人との混血巡査レイの存在感が鮮やかである。奴隷解放の大義を掲げて南北戦争に勝利した北部に根強く残る黒人への差別を強く感じさせ、その中で白人、黒人両方の血を受けた人々の苦しみを伝えているようだ。

 南北戦争当時の北軍の青色の軍服、南軍の灰色の軍服というと『風とともに去りぬ』、コンコード、エマーソンというとオルコット。若き日のルイザはロングフェローとどこかで出会ったのだろうか。そんなことも考えながら読むのもまた一興。

 第一篇を読むのは正直言ってかなり苦痛であったが、第一篇を読んでしまえばあとは一気に読める。せっかくの題材なので、もう一工夫あればもっととっつきやすく、おもしろい作品にできたのではないか。次作に期待したい。
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2004年12月11日

『ダーク・レディ』リチャード・ノース・パタースン 東江一紀訳 新潮文庫

"DARK LADY" Richard North Patterson ISBN: 4102160159 4102160167

 エリー湖を望む中西部の小都市スティールトン。ホール一族が興した製鋼業で栄えたものの今や寂れるばかりのこの市では、市長選に際し、球場建設をめぐって熾烈な戦いが繰り広げられていた。市の活性化を図るため、現市長トマス・クラジェクが球場建設を推進しようとするのに対し、対立候補である郡検事ブライトは球場建設は欺瞞でしかないと訴えていた。同時に、空席となる郡検事の座をめぐって、主席検事補チャールズ・スローンと「ダーク・レディ」の異名をとる不敗の検事補ステラ・マーズもまた、水面下での駆け引きを繰り広げていた。そのさなか、変死事件が連続して起こる。被害者の一人、麻薬犯罪専門の弁護士ジャック・ノヴァクはかつてステラの恋人だった。ステラはブライトの指示のもと、市警刑事部長ナサニエル・ダンスとともに捜査を開始し、スローンの部下である捜査官マイケル・デル・コルサが助手として捜査に加わる。

 ステラの過去に深くかかわるノヴァクの事件は郡検事の地位を求めるステラを脅かし、過去の痛みと向き合うことを余儀なくさせるものでもあった。かつては激しくぶつかり合ったが、今はアルツハイマー病を病む父の介護費用を負担し、妹からは憎しみの言葉をぶつけられるステラの心をいやすのは捨てられていたのを引き取った愛猫スターだけ。そんなステラをまっすぐに見つめるマイケルは妻に去られ、7歳の娘ソフィアを育てるシングルファーザー。いつしかステラはマイケルの存在に安らぎを感じるようになる。

 調査が進むにつれ、ステラは目の前に暗闇が広がっているのを感じる。麻薬、球場建設をめぐる利権、湖岸開発にさまざまな人々の思惑が絡む。そして、何者かがステラの自宅に侵入し、ステラのあとをつけねらう。不信と疑惑に悩まされながら、ステラは、果敢に事件に立ち向かう。そして、明らかになった真実とは?

『罪の段階』と比べながら読んだためか、前半、精彩を欠くように感じられたが、物語が広がりを見せるにつれ、おもしろさも増していった。この一遍の中に、おなじみの法廷シーンこそないものの、政治ドラマ、ミステリ、家族の絆、そしてほのかなロマンスと多様な要素が盛りだくさんに詰め込まれている。拡散したような印象を抱いたのはスケールが広がりすぎ、あまりに盛り込み過ぎたためかもしれない。

 とはいいながらも、『罪の段階』に見られる緊迫感、人間の内奥に迫る鋭くかつ暖かな視線、抑制のきいたロマンスと家族の絆の切なさはこの作品にもあらわれており、心を揺さぶられながら読む心地よさを存分に味わった。読みごたえがあり、読後に切なさと温かさの残る作品である。読み終えて、ふとふりかえったとき、その広がりと深い味わいにほっと息をついた。パタースンの新境地開拓というところだろうか。

 この作品の魅力はヒロイン、ステラ・マーズに負うところが大きい。「星」に由来する名を持つ孤独なヒロインがみずからの力で巨大な闇に立ち向かう強さとほろりと見せる寂しさ、弱さのコントラスト、翳りあるステラに注がれるほのかな光の温かさが心の奥深くに刻み込まれる。

 ステラ・マーズは『サイレント・ゲーム』にも登場しているとのこと。こちらも読んでみたい。 
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2004年12月10日

『罪の段階』リチャード・ノース・パタースン 東江一紀訳 

"DEGREE OF GUILT" ISBN: 4102160116 4102160124

 弁護士クリスは、テレビ・インタビュアーのメアリ・キャレリから弁護を依頼される。ピュリツアー賞受賞作家マーク・ランサムにレイプされそうになったところ、銃が暴発して死なせてしまったという。メアリはかつての同僚でともに法廷に立ち、息子カーロの母でもあった。クリスは女性弁護士テリーザとともに調査を始めるが、メアリの主張と検屍結果に微妙な食い違いがあった。メアリは真実を語っているのか。事件現場にあったテープは何を語るのか? そして、事件の真相は? 

 メアリに対するクリスの心境は複雑である。才能豊かで美しいが信じ切れない女メアリ。そんなメアリを慕うカーロ。夫との溝に苦しむテリーザはクリスの存在に慰めを感じていたが、その気持ちは少しずつ変わっていく。

 登場する女性たちの姿が鮮やかである。食えない女メアリ、健気な弁護士テリーザはじめ判事キャロライン・マスターズ、検事マーニー・シャープ、検屍官エリザベス、オスカー女優リンジ・コールドウェル、若き作家マーシー・リントン。この作品は法廷ミステリとしてとびきりの作品であると同時に、人と人との葛藤と絆を描いた読みごたえのある小説でもある。

 パタースンの作品を読むのは初めてだが、法廷での緊迫感のみならず、人間の内奥に鋭く迫りながらも温かさを失わないその筆致と抑制された恋慕の情が醸し出す切なさに心の底が揺さぶられるように感じ、一息に読んだ。とりわけラスト近くのバスケットボールの場面の描写は何げなく書かれているようだが、ぐっと胸に迫ってくる。パタースンは今、わたしを一番泣かせる作家である。

 お薦めくださったMさんの慧眼に感服している。Mさん、感謝!

 自殺した人気女優と大統領候補だった上院議員との関係を録音したテープが重要な小道具になっている。このモデルはモンローとケネディか。

 パタースンの邦訳作品には、クリスとメアリがかかわったラスコ事件を描く『ラスコの死角』、本作の続編とも言える『子供の眼』、またマスターズ判事の若き日を描いた『最後の審判』などがある。翻訳最新刊は検事補ステラ・マーズをヒロインとする『ダーク・レディ』。


「どれだけの人たちが、他人に打ち明けるには内密すぎ、忘れてしまうには鮮烈すぎる痛々しい記憶を、胸に抱え込んでいるのだろう?」(上)281p

「絆は自分たちで作っていくものだ。だれを愛するか、どう愛するかという選択によって、日々それを確かにしていくものだ。そして、その選択が人それぞれの生に輪郭を与える。」(下)460p
posted by 如月 at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | P | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする