2004年08月26日

『ハラスのいた日々〈増補版〉』 中野孝次 

 50代を目前にした子どものいない作家夫婦のもとに柴の子犬がやってきた。作家は子犬をみずから訳した作品に登場する犬にちなんでハラスと名付けた。作家にとって犬を飼うのは散歩の口実にでも、というつもりだったが、いつしかハラスは夫婦にとってかけがえのない存在となっていった。13年にわたるハラスとの日々を綴った物語。

 開発途上の新興住宅地に建ったばかりの家にやってきたころのハラス、成長していくハラスと作家との豪快な散歩(!)ぶり、そして、心を打つのは雪山で行方不明になったハラスの捜索行であろう。

 行方不明になったとき、既にハラスは老犬の域に入ろうとしていた。みずからの不注意を悔い、寝食を忘れて奔走する作家の意識は、いつか必ず来るであろうハラスとの別れに向けられる。愛するがゆえに深くなる悲しみ。その存在の重さ。そして、ともにハラスを探してくれる人々の思い。

 作家はまた、犬を飼う人々のあり方にも言及している。飼われっぱなし、鎖につなぎっぱなしにする、また、周囲に危険を及ぼすかもしれない犬を引き綱もなしに連れ出したり、脱走を許してしまう飼い主の無責任さに、作家は厳しい目を向けている。

 わたし自身、犬を飼うのは初めてだし、座りっぱなしの時間が長いため、犬がいれば散歩でもするかなというくらいの気持ちだったが、小さな柴犬が来て我が家の犬となったとき、これまで人に対して向けたことがないくらいの愛情を抱き始めている自分に戸惑うほどであった。

 ハラスのもらわれていった子どものうちの1匹は「チャチャ」という名をつけられたとのこと。うちの犬の名は、「茶々」だが、「チャチャ」と書くときもある。それやこれやがあいまって、これまで遠い存在だった作家を身近に感じている。

 ハラス亡き後も作家は犬と暮らし、『犬のいる暮らし』という作品も書かれているとのこと。こちらも読んでみたいと思う。

 
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2004年04月27日

『西の魔女が死んだ』

『西の魔女が死んだ』 梨木香歩 小学館

 まいのもとに祖母が倒れたという知らせが入る。母の運転する車で祖母の家へ向かうまいは2年前の思い出をたどる。祖母を「西の魔女」と呼ぶきっかけとなったあの日々のことを――。

 イギリスから英語の教師として来日し、日本人の理科教師と結婚して日本に今も住む祖母。その暮らしぶりからピルチャー『シェルシーカーズ』のペネロープにつながるものを感じた。凛とした、地に足のついた生き方。静謐さと確かさ。そして、自分の生き方は自分で決めるということ。何を受け入れ、何を拒むかということ。

 祖母とともに魔女の訓練を始めたまいだが、父の転勤を機に祖母の元を去る。学校に居心地の悪さを感じながらも、まいは心許せる友人と出会う。

 祖母のことを気にかけながら、まいは魔女修行を続けていた。

 どこにいるにも居心地の悪さを感じていたあのころ。どこにも居場所がないような心許なさ、何のために生きるのか、生きていてもいいのかどうかと自分を問い詰めていた息苦しさが蘇ってくるようだった。そして、そんな中で唯一、ゆったりと息ができたあの場所のこと。おばあちゃんのこと……。

 進学にかこつけて家を離れたときの祖母の涙を思うと、今も胸が痛くなる。そんなわたしを祖母は今も優しく見守ってくれている、呼びかけてくれている、そう思えてくる。そして、わたしもほんのちょっぴりだけど優しくなれるような気がしてくる。

 何度でも繰り返して読みたくなる本である。

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