2007年12月23日

"CHASING THE DIME" Micheal Connelly

Little,Brown and Company  371p

 ナノテク・ベンチャー企業の経営者ヘンリー・ピアスは、恋人と別れてマンションに転居したとたん、相次ぐ間違い電話に悩まされる。すべて男性の声でリリーを名指ししてくるのだ。蠱惑的なエスコート嬢であるリリーのウェブサイトに自分と同じ電話番号が掲載されているのを見つけたヘンリーは、リリーの所在が不明になっているのを知る。有力投資家へのプレゼンテーションを間近に控えて多忙を極めているにもかかわらず、好奇心にかられ、リリーの行方をつきとめようとしたヘンリーだが、次第に抜き差しならない羽目に陥っていく。プレゼンテーションの成否は? そして、リリーの行方は?

 ヘンリーが経営者としては軽率に見えて、なかなか入り込めなかったが、どうやら好奇心にかられただけではなさそうだとほのめかされるあたりから、物語にぐっと引き込まれ、終幕まで一気に読んだ。物足りなさは残るものの、サスペンスとして、企業小説として、また心の物語としても楽しめる作品である。

 邦題『チェイシング・リリー』古沢 嘉通、三角 和代訳、早川書房。
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"ALL THROUGH THE NIGHT" Mary Higgins Clark

Pocket Books 170p


 ミステリとしてはゆるいのですが、遺言状をめぐる謎の解決がテーマに含まれているのでミステリに入れておきます。サスペンスの女王メアリ・ヒギンズ・クラークの作品ですしね(笑)

 マンハッタン西103丁目にある聖クレメント教会。12月のある夜、ヴァイオリニストを志望する18歳のソンドラは滞在先のホテルで生んだ娘を毛布に包んでベビーカーに乗せ、教会の前にたたずんでいた。我が手で育てられない娘が温かい家庭に引き取られることを祈りながら。同じ夜、教会の様子を鋭い目でうかがう男がいた。狙いは創立者ゆかりの美しい聖杯。その夜、聖杯は盗まれ、赤ん坊の姿も消えた。

 それから7年。カーネギー・ホールでの晴れ舞台を前に再びニューヨークを訪れたソンドラは、娘の消息を突きとめようとして教会に電話をかけるが、あの夜、置き去りにされた赤ん坊の記録はないと告げられる。娘はどこに? そして失われた聖杯は? 宝くじを当て掃除婦から一転、夫とともにセントラル・パークを臨む部屋に暮らす身となったアルヴァイラが推理を働かせる。ニューヨークを舞台に描かれる、心温まる物語。

 子どもたちの聖劇、カーネギー・ホールでのガラ・コンサートなどクリスマスらしい雰囲気がたっぷり味わえる作品です。
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2006年09月22日

『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー 

『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー 清水俊二訳
早川書房 ISBN: 4151300805
"AND THEN THERE WERE NONE" Agatha Christie

 高校生の息子の学校指定夏休み読書感想文課題図書。年齢も経歴もまるで関連のなさそうな男女10人が、オーエンと名乗る人物に招待され、デヴォンの孤島インディアン島で週末を過ごすことになる。

 夕食後、謎の声が全員を殺人者と糾弾し、次々と不審な死を遂げる。そして、暖炉の上にあった10体のインディアン人形が一つずつ消えていく……。

 原書で読んでいるが、結末を知りつつ邦訳で読んでも楽しめた。背表紙に「ミステリの女王の最高傑作!」とあるが、それももっともだと思わせる名作である。
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2006年07月18日

『サンセット大通りの疑惑』ロバート・クレイス 高橋恭美子訳 扶桑社ミステリー

"SUNSET EXPRESS" Robert Crais
ISBN: 4594028705

 展望台の崖下でごみ袋に入れられた女性の死体が発見された。女性の名はスーザン・マーティン。夫テディ・マーティンはレストラン経営に成功した裕福な実業家だった。

 真っ先に現場にたどりつき、その後、マーティンの自宅に事情を聞きにいった二級刑事アンジェラ・ロッシは自宅私道の脇で、スーザンと同じブロンドの髪と肉片のついたハンマーを発見した。テディ・マーティンがスーザン殺害の容疑者とされ、辣腕で知られた弁護士ジョナサン・グリーンがついた。

 ある日、エルヴィス・コールはジョナサン・グリーンからある依頼を受ける。ハンマーを発見したロッシが過去にも証拠をねつ造し、不正に逮捕したことを立証したいというのだ。

 調査を始めたコールは、ロッシに非がないことを明らかにするとともに、有力な手がかりを見つける。一躍時の人となったエルヴィスだが、弁護側のあまりの強引さに、自分が利用されているのではないかという疑いを抱きはじめる。


 野心家の女性刑事ロッシが印象的。最初はその露骨な出世欲が鼻についたが、弱さも含めた人間的な側面がうかがえるにつれ、だんだん好きになっていった。かつては同僚だったジョー・パイクとの間に強い絆があるように見える。

  エルヴィスとパイクの活躍は今回も鮮やかである。レイ・デペンテもいいところを見せている。エルヴィスが仕掛けた最後の対決には息を呑んだ。男気あふれたエルヴィスに、ほれぼれしてしまった。

 前作『死者の河を渉る』から始まったルーシーとの関係は、別れた夫の影がちらつき、陰影深いものとなっている。悩むルーシーと案じながらも見守るしかないエルヴィス、不安げに様子を伺う、ルーシーの息子ベン。ルーシーとエルヴィスがこれからどのようなかかわり方をしていくのか、ベンのことも含めて気になるところである。

 
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『死者の河を渉る』ロバート・クレイス 高橋恭美子訳 扶桑社ミステリ

"VOODOO RIVER" Robert Crais ISBN: 4594028454

 ロスの私立探偵エルヴィス・コールの事務所にテレビの人気ドラマ『ソングバード』の主演女優ジョディ・テイラーとマネージャーのシド・マーコウィッツが訪ねてきた。36歳になるジョディは養女。40を目前に控えて、自分の肉親の病歴が知りたくなったと語り、実の両親についての調査を依頼した。

 ジョディの出生地はルイジアナ州。州を通して養子縁組をしたため、実の両親についての記録はルイジアナ州の法律によって封印されていた。バトン・ルージュの弁護士に相談したところ、そうなると、正規のルートでは閲覧できないため、私立探偵に依頼するしかないと言われたという。

 バトン・ルージュに飛エルヴィスは、弁護士ルシール・シェニエとともに、ジュディの実の両親探しに取りかかる。だが、そこには36年前の暗い事件が影を落としていた。


〈ロスの探偵エルヴィス・コール〉シリーズ。今回の舞台はルイジアナ。からりと晴れたカリフォルニアとは異なる、じっとりとした湿度の高さが伝わってくる。両親探しの裏にある事件が重く、悲しい。形を変えて今に続くさまざまな問題に翻弄される人々の姿が切ない。
 
 ゴシップを気にしていたジョディが秘められていた両親の物語を知り、一度は動揺したものの、事実を受け入れ、ひとりの人間として目覚めていく姿は感動的ですらある。

 バトン・ルージュで出会った弁護士ルーシーが魅力的。ルーシーとエルヴィスが互いに惹かれ合う過程も読みどころのひとつである。ふたりのこれからが気になる。パイクとルーシーのやりとりも楽しめた。また、ルーシーとジョディとの間にも気安いながら強い絆が結ばれたように思う。

 クレイスの作品は独特のユーモアをちりばめながらテンポよく軽快に進むだけではなく、一生懸命生きる人々への熱いエールが伝わってくるように感じられ、読後にさわやかさと温かさが残るところが気に入っている。続けて、クレイスを読んでいこうと思っている。


「ダーリーン、きみと話しているとマグノリアの香りがするようだ」18p


「なら、こう考えろ。お前さんは彼女をしかるべき場所まで導いた。どこへ行くにしろ、残りの道のりを彼女はひとりで歩かなくてはならない。そうなるというんじゃない。そうすべきなんだ」 386p


 
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2006年05月30日

『ぬきさしならない依頼』ロバート・クレイス 高橋恭美子訳

"FREE FALL" Robert Crais 扶桑社ミステリー
ISBN: 4594021026

 ロサンゼルスの私立探偵エルヴィス・コールの事務所に清楚な女性が訪ねてきた。ジェニファー・シェルダンと名乗るその女性は、婚約者が何らかの犯罪に関わっているような気がするので調べてほしいという。

 婚約者マーク・サーマンはロサンゼルス市警の私服部門リアクト・チームに最年少で抜擢された。チームに配属されて数カ月後、サーマンは何かに怯え、隠し事をしているようようだとジェニファーは言う。2000ドルを分割払いで受けとる契約を交わし、エルヴィスは調査に着手する。

 リアクト・チームについて調べ始めたエルヴィスは、逮捕の際死亡した黒人容疑者についてチームと容疑者の遺族の間でトラブルがあったことを知る。さらに、その裏には黒人ギャングの存在が見え隠れしているのに気づいたエルヴィスは相棒ジョー・パイクとともに、怪しげな取り引きの場に乗り込むが――。

 題材となったのはロスの黒人暴動だろうか。黒人同士が殺し合うむごたらしさ、そんな状況を何とかしようとする若者たち、その合間で保身と欲得に走る者たち。アメリカ社会の「今」が伝わってくる。

 エルヴィスがとにかくかっこいい。どちらかというと、サングラスの似合う寡黙な相棒パイクだけど。出だしはちょっと奇矯に思えたジェニファーだが、恋人を思う真摯な気持ちに打たれ、応援せずにいられなくなった。

 描かれている現実は重いけれど、文章は軽妙でリズミカルであり、ほろ苦さは残るもののカリフォルニアの真っ青な空のような爽快さとじんわりくる温かさにひたることができた。お気に入りのシリーズになりそうだ。 
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"NO SECOND CHANCE" Harlan Coben

 Signet ISBN: 0451210557

 整形外科医マーク・サイドマンの世界はあの朝、一変した。いつものようにグラノーラ・シリアル・バーを手にしたマークは、突然、何者かに銃撃される。遠ざかる意識の中で思うのは生後6カ月の娘タラのことだった。タラを気遣いつつ、マークは昏睡状態に陥る。

 意識を取り戻したマークは、妻モニカが射殺され、タラが行方不明になったと聞かされる。身代金を要求する手紙が届き、妻の父で富裕なエドガーから託された金をバッグに詰めて、マークは犯人との約束の場所に赴く。だが、金を手にした犯人はそのまま逃走。タラはマークのもとには戻らず、安否もわからずじまいとなった。

 1年半後、再び身代金を要求する手紙が届く。今度こそタラを取り戻そうと決心したマークは、かつての恋人でFBI捜査官だったレイチェルとともに、タラの行方を追う。

 本書は既に講談社ランダムハウス文庫から『ノー・セカンドチャンス』という題名で翻訳出版されている。

 紹介記事を読むと、以前読んだ"TELL NO ONE"と似ているかなと思ったが、本書の方がはるかにおもしろい。スピーディな展開と意外な結末という点では"TELL NO ONE"と共通しているが、プロットの複雑さ、脇役の充実した陣容では、本書が勝っている。"TELL NO ONE"で感じた男性主人公のどこかじくじくしたもどかしさも本書ではさほど気にならなかったし、多様な人物はそれぞれなりの個性をみごとに発揮していた。"TELL NO ONE"には脇役に気っ風のいい姉御風の女性が登場するが、本書でもマークの同志とも言えるジアがいい味を出している。

 "TELL NO ONE"では、結末はいささか肩すかしの感があり、これでよかったのだろうという安堵感とこれでよかったのかという苦みが残った。本作では安堵感とかすかな苦みが残ったものの、ハラハラドキドキを堪能させてもらったという満足感にひたることができた。ただ、終わりに近づくにつれて人が次々殺されるのには、いささか閉口した。

 折を見て、シリーズもの(スポーツ・エージェントのマイロン・ボライターもの)も読んでみたい。
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『グリーン・ティーは裏切らない』ローラ・チャイルズ 東野さやか訳

 ランダムハウス講談社文庫 ISBN: 4270100354

 ヨットレースのゴールの号砲が鳴らされようとしたそのとき、銃が暴発し、撃ち手の資産家が死亡。資産家には結婚したばかりの若い美人妻がおり、ハイテク関連企業にも関わっていた。そしてまた、ある家族とは何代にもわたる因縁話のような確執があった。

 インディゴ・ティーショップのオーナー、セオドシアは、ティーブレンダーのドレイトン、パティシエのヘイリーとともに資産家の死の真相に迫る!

 お茶と探偵シリーズ第2作、芳醇なお茶の香りに包まれた、とびきりコージーなミステリに、夏向きのさわやかさも加わりました。しゃきっと冷やしたグリーンティが恋しくなります。

 心地よいミステリを楽しみたい方にオススメのシリーズです。

原書"GUNPOWDER GREEN"の感想はこちら
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2006年01月27日

"THE GREAT STINK" Clare Clark

Penguin Books/2005.02.24/ISBN: 0670915300

《ヴィクトリア朝ロンドンの地下にうごめく欲望の行方》

 19世紀半ば、ヴィクトリア朝文化が花開く英国。首都ロンドンの人口は膨張し、都市としての機能が追いつかなくなっていた。ゴミも排せつ物も犬猫の死骸もかまわず投げ込まれた下水からは悪臭と有害ガスが漂い、たびたびコレラが蔓延して何万もの人命が失われた。1855年、迷路のようにロンドンの地下に張りめぐらされた下水システムを一新するためのプロジェクトが立ち上げられ、委員会が組織される。測量技師ウィリアム・メイもその一員となった。

 植物を愛する心優しいウィリアムは、クリミア戦争でロシア兵を殺したことで心に深い傷を負っていた。ウィリアムが生きていると実感できるのは、悪臭ふんぷんたる地下の下水溝で自分の腕を切りつけ、ほとばしる血潮に見入っているときだけだった。

 ある雪の夜、ウィリアムは、委員会との契約をめぐって、レンガ工場主といさかいになった。安息所を求めて地下の下水溝をさまようウィリアムに、冷たい流れがひたひたと押し寄せる。疲れ切って意識を失ったウィリアムは、見知らぬ老人に助けられた。下水漁りを生計の手段としてきた老人、通称ロング・アーム・トムとウィリアムが出会ったそのとき、2人の人生を変える出来事が起こる――。

 ヴィクトリア朝ロンドンを舞台とする歴史ミステリ。近代都市へと歩み始めようとしているロンドンの表の顔とその裏にあるもうひとつのロンドンが、史実に基づき、緻密に描かれている。世界にも例を見ないほど壮大な下水システムの構築に奮闘する男たちとそこにうごめく欲望に、戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を絡ませた力作である。

 本作は、ケンブリッジ大学の歴史教授である著者のデビュー作であり、オレンジ賞候補にも挙げられている。監獄船や公開処刑などが描かれ、ヴィクトリア朝ロンドンの雰囲気を満喫させてくれる。題材はおもしろいが、人物に感情移入しにくく、物語の展開にひねりが足りない点が惜しまれる。また、著者が学者であるためか、なじみのない言葉が頻出していたのは閉口した。今後の活躍に期待したい。
                                
◇アマゾン・ジャパンで本をお買い求めの場合は「BOOKS WHODUNIT」へ

海外ミステリ通信』12月号掲載分に加筆修正しました。
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2006年01月20日

『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー 村上啓夫訳 

『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー 村上啓夫訳 
"HERCULE POIROT'S CHRISTMAS" Agatha Christie
ハヤカワ・ミステリ文庫 ISBN: 415070015X

 ゴーストン館(ホール)は今、一族再会の時を迎えようとしていた。とてつもない財産を隠し持つ偏屈な当主、シメオン・リーが、長くこの地を離れていた息子やまだ会ったことのない孫娘まで呼び寄せたのだ。愛と善意に満ちあふれるはずのクリスマス・イヴの晩餐が終わった後、凄まじい騒音と絶叫が響いた。シメオン・リーが鍵のかかった自室で無惨な遺体となって発見された。

 母を溺愛していた息子で画家となったデヴィッドが言った、「神の挽きうすはまわるのがのろいが……」。長男アルフレッドの妻でしっかり者のリディアが言った、「あの年寄りが、あんなにたくさんの血をもっていると、誰が考えたろう?……」調査を依頼されたポアロが言った、「事件の鍵は被害者の性格にある」と。

 12月22日から28日までの7日間に起こったことを日を追って書かれた物語。クリスマスを背景に、家族の愛憎が描かれている。謎解きのおもしろさとイギリス流クリスマスの雰囲気が楽しめる。クリスマスに読みたいミステリである。
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2005年10月13日

『お茶と探偵1 ダージリンは死を招く』ローラ・チャイルズ著 東野さやか訳

  "DEATH BY DARJEELING" Laura Childs
 ランダムハウス講談社文庫 ISBN: 4270100079

〈Tea Shop Mysterry〉第1作。"DEATH BY DARJEELING"レビューはこちら


 表紙のセオがキュート。原書のイメージとちょっと違うような気がするが、かわいいからいいか(^^;) 豆知識コーナーのドレイトンもかわい過ぎ(^^;)

 第2作"GUNPOWDER GREEN" も来年3月刊行予定とのこと。楽しみです。
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『旅路の果て モンゴメリーの庭で』"Lucy Maud and Me"

 メアリー・フランシス・コーディ(Mary Frances Coady) 田中奈津子訳
 講談社 ISBN: 4062104458

 モンゴメリーの書いた物語が大好きな少女ローラはカナダ西部の自宅が洪水に見舞われたため、トロントに住む祖父の元で過ごすことになる。祖父はプリンス・エドワード島のキャベンディッシュ出身で、ルーシー・モード・モンゴメリーとは幼なじみだった。

 ユーアン・マクドナルド牧師の引退に伴い、マクドナルド夫妻は、祖父の近所に越してきた。ある日、庭の手入れをするモードの疲れた様子を見るにみかねたローラは、思い切って憧れの作家に声をかける。

 心を病む夫の介護、徴兵制への不安、思うようにいかない執筆活動……憔悴したモードに心が痛む。

 邦題『旅路の果て』はモードが晩年暮らした「旅路の果て荘」(Journey's End)からとられている。1942年4月24日、モードはこの家で亡くなった。第2次世界大戦最中のことだった。

 架空の少女ローラとの心の通い合いをとおして、モンゴメリーの生涯の知られざる側面を描く作品である。作者のモンゴメリーへの共感と愛情が伝わってくる。自分もローラになってモード自身と語り合っているような、そんな気持ちにさせてくれる。作家として、また牧師の妻として、一人の母親としてのモンゴメリの栄光だけではなく、鬱屈まで含めて、すべてが愛おしくなる。そしてまた、モンゴメリの本が読みたくなる。

 訳もまた、もともと日本語だったのではないかと思うくらい自然でわかりやすく、優しく温かい口調で話しかけてくれる。

 第47回読書感想文・高等学校の部の課題図書とのこと。2000年10月に初版が発行されている。子どもの夏休み用の本を探しに入った古本屋さんで見つけ、500円で購入。

 去年から今年にかけて"THE STORY GIRL""THE GOLDENROAD"、"EMILY OF NEWMOON"を読んだ。そして、モード自身の手で半生を振り返った"THE ALPINE PATH"も。読むべきときに読んでいた、そんな気がしている。

 モード、すばらしい作品を書いてくれてありがとう、と、天国のモードに伝えたい気持ちでいっぱいだ。 この本もまた、大事な1冊になった。
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"A GIRL WITH A PEARL EARING" Tracy Chevalier

 Harper Colins publishers ISBN: 0007172826

 1660年代のデルフト。タイル職人だったグリート(映画ではフリート?)の父は仕事中の事故で失明し、グリートは住み込みのメイドとして働くことになる。住み込む先は画家フェルメールの家。そこには妊娠し続ける妻、威圧的な義母、そして6人の子どもたちがいた。

 グリートはメイドとしての仕事を始めたが、持ち前のすぐれた色彩感覚が画家の目にとまり、妻でさえ出入りを許されない画室の掃除を任される。洗濯、買い物、子どもたちの世話と、慌ただしい合間を縫って画室で過ごすひとときはグリートにとって至福の時間であった。

 やがて、グリートは絵の具の調合を任されるようになり、ついにはモデルとして画家の前に座ることになる。ターバンを外さない慎み深さと溢れる思い。そんなグリートを見つめる目には必ずしも好意だけが含まれているのではなかった。年頃のグリートに好意を寄せる若者もいた。


 静かな暮らしがきめ細やかな筆致で描かれているが、静けさの中にも緊迫感が溢れている。絵が完成するにつれてグリートと画家が過ごす時間は濃厚さを増していき、家の中での緊張感が高まっていく。

 少女だけが持つ純真さと残酷さがあますところなく描かれ、静謐な中にも官能的な輝きを持つ小説である。視線がからみ合い、ふとしたはずみで指先がふれ合う、それだけで息苦しくなる。耳飾りをつける場面では、少女の心のおののきが痛いほど伝わってくる。

 フェルメールの絵をじっくり見てみたくなる。

『真珠の耳飾りの少女』という題名で邦訳され、映画化もされている。

 トレイシー・シュヴァリエの2作目の作品。デビュー作は"THE VIRGIN BLUE"。他に"THE LADY AND THE UNICORN"、"FALLING ANGELS"がある。
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"AND THEN THERE WERE NONE" Agatha Christie

ISBN:0312979479

 デヴォン州の沖にある孤島インディアン島。そこに何ら共通点の見当たらない顔ぶれの人々が集まった。ある人は旧知の友人に誘われ、ある人は秘書の仕事を受けて。正体主のオーウェン氏はなぜか姿を見せない。客たちがくつろいでいるとき、謎の声がどの客にも後ろ暗い過去があると告げる。

島にいるのは10人。客室にはナーサリー・ライム"Ten Little Indian Boys"の額が掛けられていた。そして、そこに描かれているとおり、1人、また1人、不可解な死を遂げていく。そして、残ったのは――。

 邦題『そしてだれもいなくなった』で知られるクリスティーの名作。疑心暗鬼にかられ、だれも信じられなくなり、互いに疑い合う人々の追い詰められた気持ちがぞくぞくするほど伝わってくる。姿こそ見えないものの妙に存在感のある正体主や吹きすさぶ嵐と舞台設定はゴシックロマンの感さえある。

嵐のため船も通わなくなった島は一種の密室でもあり、犯人やトリックはある程度察しはつくが、構成がうまいため、肩すかしという感はなく、だまされる快感を味あわせてくれる。

 ただ、わたしはこの作品は優れているとは思うが、好きではない。動機が残虐だからである。殺人はそれ自体許されることではないが、その奥に何らかの形で愛情なり、何なりがあれば、それはそれで情状酌量の余地はある。だが、この作品での殺人の動機には情状酌量の余地はないと思う。そのため、後味の悪さが残ったのが残念である。
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2005年03月10日

『霧のとばり』 ローズ・コナーズ  東野さやか訳

"ABSOLUTE CERTAINTY" Rose Connors 二見文庫 ISBN 4576042408

 マサチューセッツ州、ケープコッドの小さな町チャタム。大西洋に臨むこの町は霧の町でもある。昨年の戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)の夜明け、この町の浜辺である若者の遺体が発見された。

 証拠もあり、目撃者もある。だが、陪審員による評議は膠着状態に陥る。出された評決は「有罪」。だが、その直後、新たな死体が発見される。冤罪か、模倣犯か。事件を担当する検事補マーティは公選弁護士ハリーとともに真実を追う。

 緊迫した法廷シーンとそこに生きる人々の姿は、R・N・パターソンを思わせるが、ローズ・コナーズはそこにきめ細やかな情感と繊細な自然描写を加え、読者の心を揺さぶる。ミステリを読んでこれほど泣かされたのは初めてであり、今もさまざまな場面が心の中に去来している。長く余韻が残る作品である。

 チャタムといえば、T・H・クックの『緋色の記憶』("THE CHATHAM SCHOOL AFFAIR")で印象深く描かれているが、この作品もまた、チャタムという小さな町ならではの物語である。『霧のとばり』という邦題は、霧に包まれた町チャタムをあらわし、また、人の心を包む霧、司法の霧をもあらわしているように思われる。そのとばりの向こうには……。題名もまた、忘れがたい印象を刻む。

 ローズ・コナーズは法曹界出身で現在は夫と2人の息子とともにチャタム在住。マーティ・ニッカーソン・シリーズは3作目まで発表されているとのこと。シリーズとおしての邦訳が待たれる。

 2003年MWAメアリ・ヒギンズ・クラーク賞受賞。
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2005年03月09日

"THE ENGLISH BREAKFAST MURDER" by Laura Childs BERKLEY PRIME CRIME BOOKS

ISBN 042519129X

 7月のある金曜日の夜、インディゴ・ティー・ショップのセオ、ドレイトン、ヘイリーは、チャールストンウミガメ保護同盟の人々とともに、ウミガメのふ化を見守っていた。そのとき、3人は海上に何かが浮いているのを発見する。上級ライフセーバーの資格を持つセオが確かめるために泳いで行くと、異臭を放つその物体は人間の死体だった。その死体を目にしたドレイトンは、旧友の骨董店経営者、ハーパー・フィスクであることに衝撃を受ける。

 キングストリートで骨董店を営んでいたハーパーは南北戦争フリークだった。トレジャーハンティングを趣味とし、常々文化遺産協会で古い日誌や歴史記録を調べ、昔の難破船の位置を特定しようとしていた。ハーパーは難破船の位置を突きとめようとして護岸から転落し、流されたのだろうとドレイトンは推測する。

 フィスク家最後の生き残りであるハーパーには身寄りがなく、最も近い関係者といえるのはイングリッシュ・ブレックファスト・クラブだけ。クラブのメンバーは骨董店経営者や歴史愛好家で週数回ハーパーの店に集まってお茶を飲みながら語り合っていた。小さいけれど趣味のよい店は2年前からパートナーである若い女性サマー・サリバンが引き継ぐだろうこと、さらに、ハーパーは文化遺産協会に債券や株券、私的収集物など店の品以外のすべてを贈るという遺言を残しているらしい。

 ハーパーの死は警察により事故と断定されたが、納得できないセオは独自に調査を進める。調査を進める中で、セオは、ハーパーの死はチャールストン湾に眠る南北戦争時の財宝に関連があるのではないかと推測する。ハーパーは殺されたのか? 殺されたのならだれが? 何を狙って? 文化遺産協会主催のファッションショーの日が迫り、忙しい日々の合間を縫ってセオは奔走する!


 夏の夜のウミガメのふ化という神秘的な場面から始まり、華やかなファッションショーで幕を下ろすこの巻はシリーズのうち既読の4作中で一番好きな作品である。南北戦争当時の財宝というと、かの『風とともに去りぬ』でレット・バトラーが一財産つくったのが南北戦争時の封鎖破りであったことが思い出され、懐かしいような気持ちに誘われる。

 パターンとしてはありがちかもしれないけれど、いつものようにインディゴ・ティー・ショップの3人がつくり出す温かな雰囲気に包まれ、心地よく読み進むうちに、浮き世の憂さをきれいさっぱり忘れさせてくれる、イングリッシュ・ブレックファストのように薫り高く、さわやかな後味の1冊。
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"SHADES OF EARL GREY" Laura Childs BERKLEY PRIME CRIME MYSTERY

ISBN 0425188213

 イギリス植民地の雰囲気を色濃く残す街チャールストンを舞台とするティー・ショップ・ミステリ第3作。

 今回は宝石にまつわるお話。ブティック経営者デラインの姪カミールとサヴァナ(『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラの母エレンの出身地)の名家の出身であるコウリ・ブキャナンとの婚約パーティが華やかに挙行された。その席で、ブキャナン家に伝わる結婚指輪が披露された後、もとは温室だった部屋に飾られた。が、轟音とともにその部屋の屋根が落下し、ブキャナンは死亡、指輪の所在はわからなくなってしまった。

 折しも文化遺産協会では財宝の展示会が企画されていた。そのプレビュー・ショーで警備員が襲われ、貴重なサファイアのネックレスが紛失した。同一犯の仕業か? デラインに指輪の行方探しを懇願され、また、プレビュー・ショーの前にドレイトンとともに警報装置を用意したセオドシアは調査を開始する。


 80幾つかになる文化遺産協会の会長さん、ティモシーネヴィルはアジアンテイストが大好き。40年にわたって仕えている執事のヘンリーが足音もなく忍び寄ってきたのでセオが足元を見てみると、何とカンフーシューズ! 道理でNinjaみたいに歩けるはずだと納得。

 インディゴ・ティー・ショップでは紅茶だけではなく、中国茶や日本茶も扱っている。ウーロン茶、玉露に煎茶、番茶が出てくるのが嬉しい。ジンジャーブレッドを焼きながら、木製のおはしでおそばを食べている場面なんかも出てくる。

 ドレイトンもまたアジアンテイスト大好きで趣味は盆栽。お茶を材料につくった入浴グッズの販売開始お披露目パーティではお寿司を出そうということになり、カリフォルニア巻はどうかなんて話し合っている。おもしろい!

 題名のとおり、アールグレイが大活躍する。お見事、アールグレイ! 紅茶のアールグレイはちょっと苦手だけど、飲んでみようかなという気になった。

 ハロウィンの場面で幕がおりる。きらめく宝石の光と深まり行く秋の気配を楽しみながら読むのが似合う本である。
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"GUNPOWDER GREEN" Laura Childs BERKLEY PRIME CRIME

ISBN 0425184056

 歴史の街チャールストンを舞台とするティー・ショップ・ミステリ第2作。

 4月の日曜の午後、チャールストン・ヨット・クラブが主催する恒例のヨットレースがチャールストン湾で開催された。観客でにぎわうホワイト・ポイント公園では、インディゴ・ティー・ショップのセオ、ドレイトン、ヘイリーがおいしいお茶とお菓子でおもてなしに当たっていた。今日のお薦めは中国産のガンパウダー・アイス・ティー。

 鮮やかな装いのデラインがやってきて、いつものようにうわさ話が始まる。今日のターゲットは、3週間にわたるモロッコへの新婚旅行から帰ってきたばかりのディクソン夫妻。夫のオリヴァー・ディクソンはアーチデイルストリートに豪邸を構える富豪でハイテク産業にも乗り出すといううわさ。

 新婦ドゥ・ベルヴィディアはチャールストン大学在学中から美貌をうたわれ、3年前にはミス・サウスキャロライナに選ばれたほどの美女。66歳のオリヴァーと25歳のドゥという年の離れたカップルは世間の注目を集めながらも、仲むつまじい様子だった。

 優勝者を迎える栄誉ある役目を担ったオリヴァーは、ゴール近くで用意された銃を手に待機していた。2隻のボートがゴールめざして熱戦を繰り広げる中、一発の銃声が響き、オリヴァーが倒れた。銃が暴発したのだ。新妻ドゥの悲鳴が響く。ほんの9週間前に結婚したばかりの夫が倒れるのをなすすべもなく見守るしかない妻は、気を失った。

 それからまもなく、若くして未亡人となったドゥと、オリヴァーのいとこでキングストリートでアンティークショップを経営するジョヴァンニ・ロードが連れ立って歩いているのが人目につくようになった。

 
 アンティークショップ経営者、ヨットクラブ従業員、ハイテク技術者など、そうそうたる面々が登場するが、鍵となるのは意外なものだった。アンティークにまつわる蘊蓄を楽しみながら読んだ。

 本作では、セオは35歳、ドレイトンは61歳、ヘイリーは24歳。世代の違う3人だけど、息はぴったり。軽妙なやりとりにますます磨きがかかっている。

 憎めないのがティドウェル。強面なのだけど、この人は甘党。お菓子を食べているときのこの人はまるで子どもみたいだ。

 暖かくなったら、ガンパウダー・アイス・ティーを飲んでみよう。
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"DEATH BY DARJEELING" Laura Childs BERKLEY PRIME CRIME

ISBN 0425179451

 イギリス植民地の雰囲気を色濃く残す街チャールストン。その中でも歴史を感じさせる景観地区の一画にあるインディゴ・ティー・ショップ。経営者セオドシアとお茶の達人ドレイトン、「お菓子ならまかせて」夜学生ヘイリーがきょうもおいしいお茶とお菓子で迎えてくれる。

 10月のある宵。文化遺産協会の主催でランプライター・ツアーが開催された。景観地区にある、ふだんは公開されない邸宅を見学して回る催しである。チャーチストリートにあるエイヴィス・メルボーン邸でももてなしのための盛大なガーデン・パーティが開かれていた。ケータリングを担当するのはインディゴ・ティー・ショップ。いつもの面々に加え、今夜はヘイリーの友人、ベサニーも手伝いに来ている。27歳のベサニーは交通事故で夫を亡くしたばかり。ハーレイのもとに身を寄せて、文化遺産協会でインターンとして働き、正職員としての採用を希望している。

 宴も終わろうとした頃、ベサニーの悲鳴が響く。紅茶の入ったカップを持ったまま、男性がテーブルに突っ伏して死んでいたのだ。

 死んだ男性は不動産業者、ヒューズ・バロン。警察は第一発見者であり、紅茶を注いでいたベサニーを疑い、取り調べを始める。ベサニーの無実を照明するため、セオは調査に乗り出す。

 ティー・ショップ・ミステリ第1作。30代のセオ、60代のドレイトン、20代のヘイリーという世代の違う3人が醸し出す包み込むような雰囲気とヒロイン、セオの凛とした強さと優しさがとても気に入っている。不快な場面や騒々しさはみじんもなく、読後にほわっと温かさが残るのが快い。わたしにとってはとびきり「コージー」なシリーズである。

 セオドシアとともに暮らすのはラブラドールとダルメシアンのミックス犬、その名もアール・グレイ。店の裏でごみ箱をあさっているのをセオに見られ、拾われた犬なのだけど、この犬はただの犬ではなく、セオとともに高齢者・児童施設や病院を訪問する公認セラピー犬である。お茶好き、犬好き、アンティーク好きにとってはたまらないお話である。

 ハロウィンを前にかぼちゃちょうちんを飾った邸宅のガーデン・パーティに始まる本作は、自分もインディゴ・ティー・ショップのカウンターでドレイトンが語るお茶にまつわる蘊蓄とハーレイがつくるお菓子の香りを楽しみながら、セオとともに真実を追い求めているような気持ちにさせてくれる。落ちついた心地よいミステリを求める方にお薦めのシリーズである。
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2005年03月04日

"WILD SWANS THREE DAUGHTERS OF CHINA" Jung Chang

 邦題『ワイルド・スワン』。第2次世界大戦前から現代までを力強く生きた三代の中国女性たちの姿を三代目である著者が描いている。

 てん足(bouud feet)され、父親によって軍閥の妾(concubine)にされた祖母。幼い女の子の足の骨を砕いて布で固くしばり、成長を止める。小さな足でよろよろと危なっかしく歩く姿を愛する男……。アフリカの女子割礼のことを知ったときも感じたことだが、どうしてこんなことを、と怒りに震えそうになった。一体どこのだれがこんなことを思いついたのか。

 concubine、ほかの本ではほとんど見ることのない表現である。妾、この表現のなんと屈辱的なこと! 男の慰み物そのものではないか! 欲望を満たすため、地位を誇示するため……女は男の所有物、飾り物でしかないのだ、と突きつけられているようだ。

 軍閥が死んだ後、娘を連れて祖母は老医師と結婚するが、妾が母親になることを恥じて医師の長男はみずから命を絶つ。何世代もが同居していた邸宅の中で、妾の娘である少女はかっこうのいじめられ役だった。

 やがて、老医師は妻と連れ子である娘を連れ、邸宅を離れ、粗末な家に移る。貧しいながらも、祖母にとっては生まれて初めて幸せを噛みしめる日々だった。

 戦局は激しさを増し、少女の級友も日本軍によって少女らの目の前で射殺されるが、泣くことは許されない。

 そして、終戦。きのうまで支配者だった日本人はきょうは敗者。リンチされ、殺された遺体が路上にころがる。  ソ連の赤軍がつかの間統治した後、やってきたのは毛沢東率いる中国共産党軍。蒋介石率いる国民党軍との内戦の時代が始まる。

 1949年冬。毛沢東が中華人民共和国を、そして台湾では蒋介石が中華民国を建国、2つの中国の時代が始まった。この章を読んでいるとき、台湾の総統選が話題になり、歴史の流れの中にいるのを実感させられた。

 中国共産党の指揮の元で革命を目指す著者の両親は旧満州で結婚するが、革命第一という党風の中、愛を優先するのは反革命とされたらしく、ゲリラ活動の経験のある古参の女性党員から、まだ19歳だったうら若い母は何かにつけ自己批判を求められる。頼りの父も、党幹部という立場にいるため、妻だという理由だけで優遇することをよしとしない。

 そんな雰囲気に耐えられず、父の故郷四川への転勤を希望する母。中国南部での共産党の基盤を固めるためという党の思惑もあり、四川への転勤が決まるが、旧満州から四川までの旅は厳しく、徒歩での行程を余儀なくされていた母は流産する。若すぎて妊娠したことすら気づかなかったのだ。

 一時は離婚を求めた母だが、ようやくたどり着いた父の故郷で温かく迎え入れられ、育った家庭にはなかったような安らぎを感じる。そして、再び妊娠。

 ここでもまた、古参女性兵士らは身重の母につらく当たる。彼女らは、内線の最中戦場で出産し、泣き声で居場所を国民党軍に知られることを恐れて、へそを緒を切ったその手で我が子の命を絶ったのだ。

 昔、訳書で読んだパール・バックの『大地』にも、農夫の妻が野良仕事を終えて帰った家で出産し、すぐまた野良に戻る──介添えもなく、ひとりで出産し、自分でへその緒を切ったというのを読んで驚いた記憶がある。日本でもそういう時代があったと聞く。それも、さほど昔のことではなく。

 古参女性兵士の言い分もわかるような気がするが、こういう話を読むと「女の敵は女」といういやな言い回しを思い浮かべてしまう。革命軍といえども母性を保護する気風はなかったのだ。「女性が天の半分を支える」という考えが出てきたのは、もっと後のことなのだろうか?

 農民出身の女性兵士が異動し、後任に母と気が合う女性が赴任する。今度の上司は市場でピンクの花模様の生地を買っておそろいのブラウスを縫い、職場に着ていってはさりげなく見せびらかすような女性である。それでも、自己批判を求められないのは、夫が有力な上級幹部だから。

 上司の推薦を得て正式な党員となることを許された母は、実母と養父を満州から呼び寄る。そして妊娠。  1952年3月25日、著者誕生。祖父がつけてくれた名前は「2番目のワイルド・スワン」二鴻(アルホン)。

 著者誕生の4日後、祖父は亡くなる。葬儀のあり方をめぐって、祖母と父との間に、また、激しい口論が繰り広げられる。

 伝統的な中国のあり方に則ってにぎやかな葬儀をと主張する祖母と、悪しき伝統を断つため、葬儀は質素にと引かない父。葬儀の後、祖母は神経衰弱になり、入院する羽目に。

 政策の失敗によって飢饉が起こる。飢えた人々が生きるためにしたこととは? 身の毛がよだつが、これはたかだか40年前のことなのだ。

 農民が飢える一方で、高級幹部の子弟は特権階級ではないかと思えるほどの暮らしを教授している。階級闘争をうたいながら、新たな特権階級をつくってどうするのだろう?

 毛主席崇拝が次第にカルト的な様相を呈してくる中、弾圧と粛正の色が濃くなっていく。そして、起こったのが文化大革命である。  倒したものが倒され、苦痛と血の支配する恐怖の時代。フランス革命末期を想起させる。いや、どんな小さな組織でもこれは起こりうること。テロ、内ゲバ、すべて根元は同じ。

 その中でも、筋を通し、自分の魂を売ることを拒否した父への思いが胸を打つ。哀切な響きをたたえつつ、父を誇りに思う気持ちが熱く伝わってくる。

 祖母がその昔、国民党とかかわりがあったことから資本主義の走狗と決めつけられて下放され、家族はばらばらになるが、苦しい時代が家族に新たな絆を蘇らせた。父を案じ、交代で父の元を訪れる子どもたち。父の心の中に変化が起こる。母に、そして子どもたちに詫びる父。だが、その名誉回復までは遠かった。

 農村では居場所を見つけられなかった著者は、やがてはだしの医者(無免許の医療助手か?)、そして電気工となる。漢詩を愛する同僚へのほのかな思いも芽生えたが、その思いが実ることはなかった。

 文化大革命は終わった。著者にも大学進学への道が開かれ、四川大学英文科の学生となる。  父は名誉を回復されぬまま亡くなる。英文科とは言っても、ネイティブの教師すらいない大学で、著者は弟から送ってもらった本や図書館で手つかずの状態だった洋書を読んで勉強する。

 四川大学にも留学のための奨学金が与えられることとなった。試験でトップの成績を取った娘のために、母は亡夫の名誉回復に奔走し、ようやく父の名誉は回復される。

 著者はみごと奨学金を射止め、英国に向けて旅立つ。

 その臨終に間に合わなかった祖母への思い、筋を曲げなかった父への思い、そして、恐怖と暴力の中での人間模様――その中でも、庶民の幸せと革命を求めながらも資本主義の走狗とされた著者一家に温かく接してくれた人々――が胸を打つ。

 著者が初めて英語で読んだ本は"LITTLE WOMEN"であり、ディケンズよりもオースティン、ブロンテ姉妹が好きというところを読んで、ちょっぴり親しみを感じた。

 事実の持つ重さ、そして、その中での生き方に打たれ、しばし言葉もない。日中戦争、国共合作、中華人民共和国の成立まではある程度本にもなっている。だが、、文化大革命、とりわけあの暗黒の時代に生きた人々の姿がこれほど活写されている本は、他にないのではないかと思う。

 激動の時代を力強く生きた三代の女性を通して見る中国という国、また社会のあり方、その中での生き方――著者の熱い思いに打たれつつ、いろいろ考えさせられた本だった。  
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