"BLACK DOG" Stephen Booth
Scribner ISBN: 068487301X
イングランド北部にあるピーク地方で15歳の少女ローラ・バーノンが失踪した。 数日後、元鉱夫のハリー・ディキンソンの飼い犬で黒いラブラドールのジェスが森の中で血のついたスニーカーをくわえてきた。それはローラのものだった。ともに20代のベン・クーパーとダイアン・フライが捜査に当たる。そして、見えてきたのは、ローラの意外な姿だった。
田園地方を舞台とする英国警察もの。犬が出てくるのが気に入っている。地元の出身で父も警官だったベンと、都会派で上昇志向の強いダイアンを軸に、一癖ある警察官たちに加えて、死体発見者で元鉱夫のハリーとその友人である老人3人組やハリーの孫娘など、とりどりに個性的な人物が登場する。
憂鬱な気分をあらわす'black dog'の寓意がうまく活かされている。その土地に生きる人々の姿やひとりひとりの心の動きが細やかに描かれた、読みごたえのある物語であり、作家の実力がうかがえる。
『黒い犬』という題名で訳書が出ている。第2作もさきごろ『死と踊る乙女』という題名で訳書が刊行された。そちらも読んでみたい。
2006年09月22日
2006年07月18日
"DARKNESS PEERING" Alice Blanchard
Bantam ISBN: 0553111531
1980年9月。カナダと国境を接するメイン州フラワリング・ドックウッド。誰も鍵をかけないのどかな町の深い森のそばで、14歳のダウン症の少女メリッサが遺体で発見された。14歳のメリッサはダウン症児だった。メリッサは帰宅途中、少年らの車で連れ去られ、人里離れた場所で車から降ろされた後、行方がわからなくなっていた。メリッサを連れ去った少年たちの中に、警察署長ナレン・ストロウの16歳になる息子ビリーもいた。ナレンはひそかにビリーの犯行ではないかと疑う。
18年後、ナレンの娘で27歳になるレイチェルは、亡父と同じ警察署の刑事となっていた。34歳のビリーは作家への夢を捨てきれないまま、フラワリング・ドックウッドにあるウィンフィールド盲・養護学校で教師クレアの助手として働いていた。レイチェルが迷宮入りになっていた18年前の事件の再捜査を始めた矢先、クレアが失踪し、ビリーにも疑いがかかる。3年前に母をも亡くしたレイチェルは兄を思いつつ、兄に対する疑惑をぬぐいきれない。捜査はまるで深い森に入り込むかのように先が見えない。不審な死が続き、警察への不満の声が上がる中、レイチェルが突きとめた真実とは――。
最後まで緊迫感を保つプロット、巧みな人物造型と心理描写、繊細な自然描写のいずれもが卓越しており、読みごたえのある物語に仕上がっている。父と子の葛藤、さまざまな恋愛模様が描かれ、何人もの人生を生きたような気持ちにさせられる。奥深い森とそこに眠る湖沼の静けさと不気味さ、町の名のいわれとなったハナミズキのゆらめきが残像のように刻まれる。完成度の高い作品である。
『闇を覗きしもの』アリス・ブランチャード 布施由紀子訳 角川書店
1980年9月。カナダと国境を接するメイン州フラワリング・ドックウッド。誰も鍵をかけないのどかな町の深い森のそばで、14歳のダウン症の少女メリッサが遺体で発見された。14歳のメリッサはダウン症児だった。メリッサは帰宅途中、少年らの車で連れ去られ、人里離れた場所で車から降ろされた後、行方がわからなくなっていた。メリッサを連れ去った少年たちの中に、警察署長ナレン・ストロウの16歳になる息子ビリーもいた。ナレンはひそかにビリーの犯行ではないかと疑う。
18年後、ナレンの娘で27歳になるレイチェルは、亡父と同じ警察署の刑事となっていた。34歳のビリーは作家への夢を捨てきれないまま、フラワリング・ドックウッドにあるウィンフィールド盲・養護学校で教師クレアの助手として働いていた。レイチェルが迷宮入りになっていた18年前の事件の再捜査を始めた矢先、クレアが失踪し、ビリーにも疑いがかかる。3年前に母をも亡くしたレイチェルは兄を思いつつ、兄に対する疑惑をぬぐいきれない。捜査はまるで深い森に入り込むかのように先が見えない。不審な死が続き、警察への不満の声が上がる中、レイチェルが突きとめた真実とは――。
最後まで緊迫感を保つプロット、巧みな人物造型と心理描写、繊細な自然描写のいずれもが卓越しており、読みごたえのある物語に仕上がっている。父と子の葛藤、さまざまな恋愛模様が描かれ、何人もの人生を生きたような気持ちにさせられる。奥深い森とそこに眠る湖沼の静けさと不気味さ、町の名のいわれとなったハナミズキのゆらめきが残像のように刻まれる。完成度の高い作品である。
『闇を覗きしもの』アリス・ブランチャード 布施由紀子訳 角川書店
2006年05月30日
"MURPHY'S LAW" Rhys Bowen
St.Martin's Minotaur
1901年2月。わけあって偽名を名乗り、自分の子ではない兄妹を連れてアイルランドから船でアメリカへ渡ったモリー。あれやこれやとごたごたを抱えながらも無事エリス島に着き、ほっとしたのもつかの間、同じ船に乗っていた男が遺体となって発見された。船中でその男と争っているのを目撃されたモリーは第一容疑者とされる。危機に陥ったモリーは身の潔白を明かすため、真相を突きとめようとする。
『口は禍のもと』を地でいくようなモリーにハラハラしながらも、その旺盛な好奇心とチャレンジ精神に、エールを送らずにはいられない気持ちにさせられた。出会ったばかりのモリーに我が子を託す母キャスリーンの切なさに打たれた。ロマンスもほどよく楽しめる。
祖国アイルランド、アメリカに向かう船内でのあれこれ、憧れの地アメリカでのアイルランド系移民の暮らしと、時代を偲ばせる場面が描かれている。舞台はアメリカだが、アイルランドの雰囲気がそこここに漂っており、アメリカでのアイルランド移民社会について考えさせられた。改めて、アメリカが移民で構成された社会であることを実感した。
『アイルランドの柩』に引き続き、ことしはアイルランドづいているようだ。「赤毛のアイルランド娘」は今年のキーワードかもしれない。
"MURPHY'S LAW" は2001年アガサ賞最優秀長篇賞受賞作、次作"DEATH OF RILEY" も2003年アガサ賞最優秀長篇賞にノミネートされた。シリーズとしては、"FOR THE LOVE OF MIKE" 、"IN LIKE FLYNN"、"OH DANNY BOY" が刊行されている。
著者には他に北ウェールズを舞台とするConstable Evan Evans シリーズがある。
1901年2月。わけあって偽名を名乗り、自分の子ではない兄妹を連れてアイルランドから船でアメリカへ渡ったモリー。あれやこれやとごたごたを抱えながらも無事エリス島に着き、ほっとしたのもつかの間、同じ船に乗っていた男が遺体となって発見された。船中でその男と争っているのを目撃されたモリーは第一容疑者とされる。危機に陥ったモリーは身の潔白を明かすため、真相を突きとめようとする。
『口は禍のもと』を地でいくようなモリーにハラハラしながらも、その旺盛な好奇心とチャレンジ精神に、エールを送らずにはいられない気持ちにさせられた。出会ったばかりのモリーに我が子を託す母キャスリーンの切なさに打たれた。ロマンスもほどよく楽しめる。
祖国アイルランド、アメリカに向かう船内でのあれこれ、憧れの地アメリカでのアイルランド系移民の暮らしと、時代を偲ばせる場面が描かれている。舞台はアメリカだが、アイルランドの雰囲気がそこここに漂っており、アメリカでのアイルランド移民社会について考えさせられた。改めて、アメリカが移民で構成された社会であることを実感した。
『アイルランドの柩』に引き続き、ことしはアイルランドづいているようだ。「赤毛のアイルランド娘」は今年のキーワードかもしれない。
"MURPHY'S LAW" は2001年アガサ賞最優秀長篇賞受賞作、次作"DEATH OF RILEY" も2003年アガサ賞最優秀長篇賞にノミネートされた。シリーズとしては、"FOR THE LOVE OF MIKE" 、"IN LIKE FLYNN"、"OH DANNY BOY" が刊行されている。
著者には他に北ウェールズを舞台とするConstable Evan Evans シリーズがある。
2005年04月05日
『バッキンガム宮殿の殺人』C・C・ベニスン 宮脇裕子訳 ハヤカワ文庫
"DEATH AT BUCKINGHAM PALACE" C.C.Benison ISBN 415175251X
わたしはジェイン・ビー、20歳。カナダのプリンス・エドワード島シャーロットタウン出身。イングランドに住む大叔母グレイスを頼ってロンドン北西のロング・マーシャム村に来たわたしは、新聞の求人広告に応募してバッキンガム宮殿で住み込みメイドの職を得た。
ある朝、女王控室の前で下僕のロビンが死体で発見された。カナダ出身のロビンの突然の死はショックだった。だけど、ロビンはなぜ死んだの? 美人メイドと婚約したばかりなのに。現場に居合わせたわたしは、ひそかに女王の命を受け、ロビンの死の真相を探る。メイド探偵ジェイン・シリーズ第1作。カナダ推理作家協会賞受賞。
プリンス・エドワード島出身というのがいい。メイド探偵という設定も珍しくておもしろい。単純な謎解きかと思えば、背景や人間関係が結構複雑で人物を確認しながら読んだ。貴族の継承権絡みの話はわかりにくい。
、ふだん目にすることのないバッキンガム宮殿の暮らしがいきいきと描かれ、楽しく読むことができた。フィクションではあるけれど、庶民からはるかにかけ離れた存在である女王陛下が身近に感じられた。著者はカナダ人で英国王室ということ以外、明らかにされていないとのこと。
本書は1998年5月、ミステリアス・プレス文庫で刊行された作品の再刊。本シリーズは『サンドリンガム館の死体』『ウィンザー城の秘密』と続き、近日刊行予定である。
わたしはジェイン・ビー、20歳。カナダのプリンス・エドワード島シャーロットタウン出身。イングランドに住む大叔母グレイスを頼ってロンドン北西のロング・マーシャム村に来たわたしは、新聞の求人広告に応募してバッキンガム宮殿で住み込みメイドの職を得た。
ある朝、女王控室の前で下僕のロビンが死体で発見された。カナダ出身のロビンの突然の死はショックだった。だけど、ロビンはなぜ死んだの? 美人メイドと婚約したばかりなのに。現場に居合わせたわたしは、ひそかに女王の命を受け、ロビンの死の真相を探る。メイド探偵ジェイン・シリーズ第1作。カナダ推理作家協会賞受賞。
プリンス・エドワード島出身というのがいい。メイド探偵という設定も珍しくておもしろい。単純な謎解きかと思えば、背景や人間関係が結構複雑で人物を確認しながら読んだ。貴族の継承権絡みの話はわかりにくい。
、ふだん目にすることのないバッキンガム宮殿の暮らしがいきいきと描かれ、楽しく読むことができた。フィクションではあるけれど、庶民からはるかにかけ離れた存在である女王陛下が身近に感じられた。著者はカナダ人で英国王室ということ以外、明らかにされていないとのこと。
本書は1998年5月、ミステリアス・プレス文庫で刊行された作品の再刊。本シリーズは『サンドリンガム館の死体』『ウィンザー城の秘密』と続き、近日刊行予定である。
『酔いどれに悪人なし』 ケン・ブルーウン 東野さやか訳
ハヤカワ・ミステリ文庫 2005.01.31発行 860円(税別)
"THE GUARDS" Ken Bruen ISBN: 4151750517
酒と本をこよなく愛する私立探偵ジャックのもとに美しい女が依頼に来た。自殺したとされる1人娘の死の真相を突きとめてほしいという。調査を始めた途端ジャックは暴漢に襲われ、友人が轢き逃げされ、そしてまた1人少女が遺体で発見される――。
ぶつ切りの文章が小気味よいリズムを刻む、アイリッシュ・ハードボイルド。古今東西の本からの引用が読者を酔い心地へと誘う。シェイマス賞最優秀長編賞受賞作。
アイリッシュ・モルト片手に読みたい作品。主人公は強制的に入院させられるほどのアル中なのに、なぜか明るい。タップを踏むような文章の効果だろうか。次作の翻訳が楽しみだ。
◇bk1へ
『海外ミステリ通信』3月号掲載記事に加筆、修正
"THE GUARDS" Ken Bruen ISBN: 4151750517
酒と本をこよなく愛する私立探偵ジャックのもとに美しい女が依頼に来た。自殺したとされる1人娘の死の真相を突きとめてほしいという。調査を始めた途端ジャックは暴漢に襲われ、友人が轢き逃げされ、そしてまた1人少女が遺体で発見される――。
ぶつ切りの文章が小気味よいリズムを刻む、アイリッシュ・ハードボイルド。古今東西の本からの引用が読者を酔い心地へと誘う。シェイマス賞最優秀長編賞受賞作。
アイリッシュ・モルト片手に読みたい作品。主人公は強制的に入院させられるほどのアル中なのに、なぜか明るい。タップを踏むような文章の効果だろうか。次作の翻訳が楽しみだ。
◇bk1へ
『海外ミステリ通信』3月号掲載記事に加筆、修正
2005年03月04日
"WUTHERING HEIGHTS" Emily Bronte
「わたしはヒースクリフなの。あの人はいつもわたしの魂の中にいる、いつだって!」
激しい気性の令嬢キャサリンと孤児ヒースクリフの恋。
嵐が丘屋敷に拾われてきた孤児ヒースクリフは、屋敷の令嬢キャサリンときょうだいのように育つ。だが、キャサリンは、スラッシュ・クロス邸の令息エドガーと結婚。逆上したヒースクリフは失踪。数年後、復讐の鬼と化して、キャサリンの前に表れたヒースクリフは、エドガーの妹イザベルと駆け落ちする。ヒースクリフと夫エドガーとの間で錯乱したキャサリンは、女の子を出産したその日に亡くなる。そして、ヒースクリフの復讐の手は、次の世代へとのばされる。
スラッシュ・クロス邸に下宿したロックウッドを相手に家政婦ネリーが語るこの物語は、恋愛小説の原点とされている。だが、この作品は、本当の意味で恋愛小説と呼べるのだろうか。
ヒースクリフとキャサリンとの間にあるのは、恋愛というより強烈な一体感である。確かに、一体感も恋愛の要素の一つではある。だけど、それがすべてではない。ときめきや不安やちょっとした心のはずみといった、恋愛における大事な要素がほとんど感じられない。
一体感、それは深い喜びをもたらすのと同時に、身体を引き裂かれるような痛みをも感じさせる。そして、それは人間の本質にも深くかかわっているのではないか。
この作品がさまざまな毀誉褒貶を受けながらも、長く愛されてきた理由の1つに、キャサリンの存在がある。常識的な考えに染まることなく、心の赴くままに奔放に愛し、行動するキャサリン。ある意味で、永遠の子どもともいえるキャサリンに惹かれるのはなぜだろうか。 キャサリンを通して、自分の内に永遠の子ども――インナー・チャイルドとも言えるだろう――が存在することに気づく。そして、この作品を読むことによって、みずからの内なる永遠の子どもがいきいきと羽ばたくのを感じる。
ヒースクリフは憎しみという感情に操られた人形だったのかもしれない。人形つかいから解き放たれたヒースクリフの魂は、ヒースの野で、再びキャサリンと、子どものころのように、思うがままに駆け回っているのではないか。
復讐劇は陰湿で残酷である。だが、読後は、浄化されたように感じが残る。カタルシスというのだろうか。
嵐が丘をあとにする若い二人の後ろ姿に、将来への希望や変わりない愛情といったものを託したいような、そんな気がする。
激しい気性の令嬢キャサリンと孤児ヒースクリフの恋。
嵐が丘屋敷に拾われてきた孤児ヒースクリフは、屋敷の令嬢キャサリンときょうだいのように育つ。だが、キャサリンは、スラッシュ・クロス邸の令息エドガーと結婚。逆上したヒースクリフは失踪。数年後、復讐の鬼と化して、キャサリンの前に表れたヒースクリフは、エドガーの妹イザベルと駆け落ちする。ヒースクリフと夫エドガーとの間で錯乱したキャサリンは、女の子を出産したその日に亡くなる。そして、ヒースクリフの復讐の手は、次の世代へとのばされる。
スラッシュ・クロス邸に下宿したロックウッドを相手に家政婦ネリーが語るこの物語は、恋愛小説の原点とされている。だが、この作品は、本当の意味で恋愛小説と呼べるのだろうか。
ヒースクリフとキャサリンとの間にあるのは、恋愛というより強烈な一体感である。確かに、一体感も恋愛の要素の一つではある。だけど、それがすべてではない。ときめきや不安やちょっとした心のはずみといった、恋愛における大事な要素がほとんど感じられない。
一体感、それは深い喜びをもたらすのと同時に、身体を引き裂かれるような痛みをも感じさせる。そして、それは人間の本質にも深くかかわっているのではないか。
この作品がさまざまな毀誉褒貶を受けながらも、長く愛されてきた理由の1つに、キャサリンの存在がある。常識的な考えに染まることなく、心の赴くままに奔放に愛し、行動するキャサリン。ある意味で、永遠の子どもともいえるキャサリンに惹かれるのはなぜだろうか。 キャサリンを通して、自分の内に永遠の子ども――インナー・チャイルドとも言えるだろう――が存在することに気づく。そして、この作品を読むことによって、みずからの内なる永遠の子どもがいきいきと羽ばたくのを感じる。
ヒースクリフは憎しみという感情に操られた人形だったのかもしれない。人形つかいから解き放たれたヒースクリフの魂は、ヒースの野で、再びキャサリンと、子どものころのように、思うがままに駆け回っているのではないか。
復讐劇は陰湿で残酷である。だが、読後は、浄化されたように感じが残る。カタルシスというのだろうか。
嵐が丘をあとにする若い二人の後ろ姿に、将来への希望や変わりない愛情といったものを託したいような、そんな気がする。
"THE SECRET GARDEN" Frances Hodgson Burnett
インドで育った少女メアリは、病気のため両親を亡くし、ヨークシャーに住むおじの元に引き取られる。
ある夜、風の音で目覚めたメアリは、不思議な泣き声を聞く。泣いているのは、だれ?
何一つ自分ではできないのにワガママで強情な少女メアリが、荒れ果てた庭が人の手によってよみがえっていくのと同じように、生き生きとした明るく優しい少女に変わっていく様子が美しく描かれています。
読者の心の庭もまた、色とりどりの花で彩られていくようです。
疲れをいやし、心の庭に花を咲かせたいときにぴったりです。
ある夜、風の音で目覚めたメアリは、不思議な泣き声を聞く。泣いているのは、だれ?
何一つ自分ではできないのにワガママで強情な少女メアリが、荒れ果てた庭が人の手によってよみがえっていくのと同じように、生き生きとした明るく優しい少女に変わっていく様子が美しく描かれています。
読者の心の庭もまた、色とりどりの花で彩られていくようです。
疲れをいやし、心の庭に花を咲かせたいときにぴったりです。
"THE WIZARD OF OZ" L.Frank.Baum
竜巻に巻き込まれたドロシーとトトは、かかし、ロボット、ライオンとともにオズの都目指して旅に出る。
楽しい冒険物語。映画の主題歌"Over the Rainbow"を歌いながら読むといいかも! (2001年初読時の感想)
と言ってしまえばおしまいなのだけど、今回(2004年6月)クリフ古典読書会で読んだときの感想はちょっと違うので、追記しておく。
健やかで翳りのないファンタジー。いいものはよくて悪いものは悪いという価値観がはっきりしており、悪いものを退治するときにはためらいなどまったく感じられない。それはそれでわかりやすいのだけど、物足りなくもあり、また、これでいいのかとついていけないものを感じた。ついていけないというより入り込めないといった方がいいかな? いろいろな意味で「アメリカ的」なファンタジーと言えるのかもしれない。
オズ・シリーズは人気があって、作者のバウム以外にも何人かの人が書き続けているとのこと。世の中いろいろな人がいるのだなと思う。
楽しい冒険物語。映画の主題歌"Over the Rainbow"を歌いながら読むといいかも! (2001年初読時の感想)
と言ってしまえばおしまいなのだけど、今回(2004年6月)クリフ古典読書会で読んだときの感想はちょっと違うので、追記しておく。
健やかで翳りのないファンタジー。いいものはよくて悪いものは悪いという価値観がはっきりしており、悪いものを退治するときにはためらいなどまったく感じられない。それはそれでわかりやすいのだけど、物足りなくもあり、また、これでいいのかとついていけないものを感じた。ついていけないというより入り込めないといった方がいいかな? いろいろな意味で「アメリカ的」なファンタジーと言えるのかもしれない。
オズ・シリーズは人気があって、作者のバウム以外にも何人かの人が書き続けているとのこと。世の中いろいろな人がいるのだなと思う。
"A LITTLE PRINCESS" Frances Hodgson Burnett
特待生として何不自由なく暮らしていたセーラは、11才の誕生日に父が財産を全てなくして亡くなったという知らせを受け、お手伝いとされる。だが、小さな王女のように生きるという誇りを忘れず、セーラは苦難に耐える。
ふとしたことから、セーラは隣家の主人が父の友人であることを知る。彼は、亡くなった親友の娘セーラを探していたのだ。そして、セーラは学院を離れ、ベッキーと共に新しい生活へと旅立っていく。
子どものころから大好きで何度も読んだお話。改めて原書で読んでみると、セーラの言葉づかいがとても丁寧であること、ベッキーはこんな話し方をしていたのだなと、新たな発見に驚かさせた。
ふとしたことから、セーラは隣家の主人が父の友人であることを知る。彼は、亡くなった親友の娘セーラを探していたのだ。そして、セーラは学院を離れ、ベッキーと共に新しい生活へと旅立っていく。
子どものころから大好きで何度も読んだお話。改めて原書で読んでみると、セーラの言葉づかいがとても丁寧であること、ベッキーはこんな話し方をしていたのだなと、新たな発見に驚かさせた。
"JANE EYRE" Charlotte Bronte
おばの元で冷遇されていた孤児ジェーンは、内に秘めた激しい反抗心ゆえに疎まれ、ローウッド慈善学校へ追いやられる。努力の末、家庭教師の職を得たジェーンは、その屋敷の主人ロチェスター氏と恋に落ち、結婚することとなるが、彼には重大な秘密があった。
結婚式の当日、明らかにされた秘密とは……。失意の果て、ジェーンがたどり着いたのは……。
ジェーンやロチェスター氏の人物描写がもう一つだとか、いろいろ文句を言いながらでしたが、お話としては荒唐無稽なところもあるけれど、とてもおもしろく、特に最後の2章は素晴らしかった。ありきたりな表現(手あかのついたとも言う)ですが、苦難の果てに得た真実の愛に胸打たれたというところでしょうか。
ただ、時代背景が違うせいか、人物の言動に違和感を感じることがたびたびありました。ジェーンの言動にも首を傾げる部分はありましたが、それでも今なおわたしたちに迫ってくるだけの魅力がジェーンにはあるのだと、今はそう思っています。ブロンテが今生きていたら、現代のジェーンにどんな道を選ばせるのでしょう。読んでみたいですね。
さすがに牧師の娘だけあって、キリスト教色の強い作品です。このあたりにも違和感を感じる人がいらっしゃるかもしれません。ジェーン・エアに隠されたシェイクスピア、聖書、これらをさぐってみると、より一層ジェーンの世界に入っていけるのかもしれません。
結婚式の当日、明らかにされた秘密とは……。失意の果て、ジェーンがたどり着いたのは……。
ジェーンやロチェスター氏の人物描写がもう一つだとか、いろいろ文句を言いながらでしたが、お話としては荒唐無稽なところもあるけれど、とてもおもしろく、特に最後の2章は素晴らしかった。ありきたりな表現(手あかのついたとも言う)ですが、苦難の果てに得た真実の愛に胸打たれたというところでしょうか。
ただ、時代背景が違うせいか、人物の言動に違和感を感じることがたびたびありました。ジェーンの言動にも首を傾げる部分はありましたが、それでも今なおわたしたちに迫ってくるだけの魅力がジェーンにはあるのだと、今はそう思っています。ブロンテが今生きていたら、現代のジェーンにどんな道を選ばせるのでしょう。読んでみたいですね。
さすがに牧師の娘だけあって、キリスト教色の強い作品です。このあたりにも違和感を感じる人がいらっしゃるかもしれません。ジェーン・エアに隠されたシェイクスピア、聖書、これらをさぐってみると、より一層ジェーンの世界に入っていけるのかもしれません。
『イースターエッグに降る雪』ジュディ・バドニッツ 木村ふみえ訳 DHC刊
不思議な物語だ。
場所はどことも書かれていない。年代も特定はされていない。ただ、おそらく東欧の寒村だと推測はできるだけ。
寒村で生まれ育った少女イラーナ。雪の夜、家を出たイラーナが出会った人々。何度も生き返る青年と恋をし、アメリカへ渡ったイラーナ。大戦。郷里に残した家族の身の上を案じ、嘆く夫。ヨーロッパへ出征した息子たち。心の通わない娘サーシィ。
田舎じみた母を恥じ、アメリカに同化しようとする娘サーシィ。赤い髪の女アーシャのところで出会った青年ジョーに恋するサーシィ。二人は結婚し、こぎれいで大きな家に引っ越すが、いつしか心は離れていく。
医学生となった息子ジョナサンとむっつりした娘メーラ。人魚のようなクロエに夢中になるジョナサン。そんなジョナサンに向けるメーラの暗い瞳。イラーナの部屋から持ちだした瓶をクロエに贈るメーラ。メーラは何をしたのか?
意識不明のクロエの胎内から取り出された小さな女の子、ノミー。90歳を過ぎたイラーナの話に耳を傾けるのはノミーだけだった。
カバーに描かれていたマトリョーシカが妙に気になって借りた本。4代にわたる女たちの魂がマトリョーシカにたとえて描かれていた。
今を生きるわたしたちにとって決して目をそむけてはならない歴史的な事実が背景となっているが、そこには嘆きも涙もない。「わたし」の目で見た、からだで、心で受けとめた事実がそこにあるだけ。
そして、ふるさとをいかに離れようとも受け継がれていく女たちの魂がそこにある。男はただ泡のように消え去るだけ。
この物語を読んでいると、同じように移民を取り上げながらも、『ホワイト・ティース』の姿勢との間に大きな違いがあるのを感じる。この物語が声高ではなく、ひっそりと、魂の深い底に眠る何かを描いているのに対し、『ホワイト・ティース』は大層な思想を語ってはいるが、それが登場人物たちの生き方に反映されているようには思われず未消化のままであり、その結果、単なるどたばたに終わってしまっているように思われる。思想が著者のからだを魂を通っていないように感じられる。そんなふうに感じるのが正しいのかどうかはわからないけれど。
オレンジ賞最終候補に残ったのもうなずける佳作である。
"IF I TOLD YOU ONCE" Judy Budnitz
場所はどことも書かれていない。年代も特定はされていない。ただ、おそらく東欧の寒村だと推測はできるだけ。
寒村で生まれ育った少女イラーナ。雪の夜、家を出たイラーナが出会った人々。何度も生き返る青年と恋をし、アメリカへ渡ったイラーナ。大戦。郷里に残した家族の身の上を案じ、嘆く夫。ヨーロッパへ出征した息子たち。心の通わない娘サーシィ。
田舎じみた母を恥じ、アメリカに同化しようとする娘サーシィ。赤い髪の女アーシャのところで出会った青年ジョーに恋するサーシィ。二人は結婚し、こぎれいで大きな家に引っ越すが、いつしか心は離れていく。
医学生となった息子ジョナサンとむっつりした娘メーラ。人魚のようなクロエに夢中になるジョナサン。そんなジョナサンに向けるメーラの暗い瞳。イラーナの部屋から持ちだした瓶をクロエに贈るメーラ。メーラは何をしたのか?
意識不明のクロエの胎内から取り出された小さな女の子、ノミー。90歳を過ぎたイラーナの話に耳を傾けるのはノミーだけだった。
カバーに描かれていたマトリョーシカが妙に気になって借りた本。4代にわたる女たちの魂がマトリョーシカにたとえて描かれていた。
今を生きるわたしたちにとって決して目をそむけてはならない歴史的な事実が背景となっているが、そこには嘆きも涙もない。「わたし」の目で見た、からだで、心で受けとめた事実がそこにあるだけ。
そして、ふるさとをいかに離れようとも受け継がれていく女たちの魂がそこにある。男はただ泡のように消え去るだけ。
この物語を読んでいると、同じように移民を取り上げながらも、『ホワイト・ティース』の姿勢との間に大きな違いがあるのを感じる。この物語が声高ではなく、ひっそりと、魂の深い底に眠る何かを描いているのに対し、『ホワイト・ティース』は大層な思想を語ってはいるが、それが登場人物たちの生き方に反映されているようには思われず未消化のままであり、その結果、単なるどたばたに終わってしまっているように思われる。思想が著者のからだを魂を通っていないように感じられる。そんなふうに感じるのが正しいのかどうかはわからないけれど。
オレンジ賞最終候補に残ったのもうなずける佳作である。
"IF I TOLD YOU ONCE" Judy Budnitz
2004年11月09日
『ダ・ヴィンチ・コード』 ダン・ブラウン 越前敏弥訳 角川書店
もはや紹介は不要であろう。とにかく売れまくっている作品である。夏に図書館に予約したが、秋になってもまだ順番が回ってこず、ぼやいていたら、知人が貸してくださった。感謝! 届いたそのときから読みふけり、約650ページを1日で読了した。文句なくおもしろい。
前作『天使と悪魔』でヴァチカンを舞台に大活躍した象徴寓意図像学者ロバート・ラングドンは、講演のため赴いたパリでルーブル美術館館長ソニエールと会う約束をしていた。だが、その夜、ソニエールはあらわれず、ルーブルのグランドギャラリーで死体となって発見された。その死体はダ・ヴィンチの素描「ウィトルウィウス的人体図」を模した形で横たわり、その周囲には謎めいたメッセージが残されていた。
駆けつけた暗号解読官ソフィー・ヌヴーは、疎遠にはなっていたが、実はソニエールの孫娘だった。祖父の遺体を見たソフィーは一目で祖父が自分にメッセージを伝えたことを知る。そして、容疑者として追われるラングドンとともに、祖父の遺したメッセージを解読しようとする。
十字軍の時代に創設されたテンプル騎士団。騎士団が守ろうとしたものは何か。その流れをくむシオン修道会とは? レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に秘められた謎とは? そして、正統な信仰の復興を訴えるオプス・ディとの関係は?
イエスの生涯、アーサー王伝説でおなじみの聖杯に関連する、西洋キリスト教世界最大の謎をめぐり、さまざまな人々の思惑が絡み合う。
豊富な蘊蓄、謎解きのおもしろさに加えて、ガイド付きで旅しているような楽しさもまた、ラングドン・シリーズの魅力である。前作ではヴァチカン、本作ではルーブル美術館、パリ市内、そして……と、各地を転々としながら物語が展開していく。舞台となった土地に行ってみたいという気持ちにさせてくれる。いずこも捨てがたいが、どうしても一つ選べと言われたら、スコットランドの小さな教会かな。
前作では、科学と宗教というテーマを冒頭で大上段に構えながら、最後の方ではアクションものと化してしまった感がある。本作もまたジェットコースターばりのおもしろさだが、前作で感じた「とんでもない」「ありえない」がなく、なるほどなと納得しながら読んでいくことができた。読者を引きこみ、夢中にさせ、途中でページを置かせない本作は、エンタメとしては飛びっきりの出来だと思う。
この作品で取り上げられている事柄自体はさほど目新しいものではない。関連があるかもと思って目をつけていた本も、作品中で参考資料としてちゃんと挙げられていた。
本作品に描かれている事柄がカトリック教会を揺るがすほどのものだとは、わたしは考えていない。カトリック教会はそれほどやわな存在ではない。だからこそ、何世紀もの間、栄枯盛衰はありながらも存続し続けているのである。
人間としてのイエスの生涯や娼婦とされていたマグダラのマリアにこれまでよりも一層惹かれている。マグダラのマリアは人気のある聖人で、霊名(カトリック教会での洗礼時にいただく名前)としてその名をいただいている方は数知れぬほどである。
そういえば、オプス・デイのこともどこかで見たような気がする。
なまじ中途半端なことを知っているがゆえに読みながらいろいろ考えてしまった。むしろ、予備知識がない方が楽しめるかもしれない。
巻末の訳者付記と解説がまたわかりやすく、興味深い。訳者お薦めの『レックス・ムンディ』(集英社文庫)も読みたくなってしまう。
角川文庫のサイトもお薦め。ただし、訪問は読了後にされたし。
前作『天使と悪魔』でヴァチカンを舞台に大活躍した象徴寓意図像学者ロバート・ラングドンは、講演のため赴いたパリでルーブル美術館館長ソニエールと会う約束をしていた。だが、その夜、ソニエールはあらわれず、ルーブルのグランドギャラリーで死体となって発見された。その死体はダ・ヴィンチの素描「ウィトルウィウス的人体図」を模した形で横たわり、その周囲には謎めいたメッセージが残されていた。
駆けつけた暗号解読官ソフィー・ヌヴーは、疎遠にはなっていたが、実はソニエールの孫娘だった。祖父の遺体を見たソフィーは一目で祖父が自分にメッセージを伝えたことを知る。そして、容疑者として追われるラングドンとともに、祖父の遺したメッセージを解読しようとする。
十字軍の時代に創設されたテンプル騎士団。騎士団が守ろうとしたものは何か。その流れをくむシオン修道会とは? レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に秘められた謎とは? そして、正統な信仰の復興を訴えるオプス・ディとの関係は?
イエスの生涯、アーサー王伝説でおなじみの聖杯に関連する、西洋キリスト教世界最大の謎をめぐり、さまざまな人々の思惑が絡み合う。
豊富な蘊蓄、謎解きのおもしろさに加えて、ガイド付きで旅しているような楽しさもまた、ラングドン・シリーズの魅力である。前作ではヴァチカン、本作ではルーブル美術館、パリ市内、そして……と、各地を転々としながら物語が展開していく。舞台となった土地に行ってみたいという気持ちにさせてくれる。いずこも捨てがたいが、どうしても一つ選べと言われたら、スコットランドの小さな教会かな。
前作では、科学と宗教というテーマを冒頭で大上段に構えながら、最後の方ではアクションものと化してしまった感がある。本作もまたジェットコースターばりのおもしろさだが、前作で感じた「とんでもない」「ありえない」がなく、なるほどなと納得しながら読んでいくことができた。読者を引きこみ、夢中にさせ、途中でページを置かせない本作は、エンタメとしては飛びっきりの出来だと思う。
この作品で取り上げられている事柄自体はさほど目新しいものではない。関連があるかもと思って目をつけていた本も、作品中で参考資料としてちゃんと挙げられていた。
本作品に描かれている事柄がカトリック教会を揺るがすほどのものだとは、わたしは考えていない。カトリック教会はそれほどやわな存在ではない。だからこそ、何世紀もの間、栄枯盛衰はありながらも存続し続けているのである。
人間としてのイエスの生涯や娼婦とされていたマグダラのマリアにこれまでよりも一層惹かれている。マグダラのマリアは人気のある聖人で、霊名(カトリック教会での洗礼時にいただく名前)としてその名をいただいている方は数知れぬほどである。
そういえば、オプス・デイのこともどこかで見たような気がする。
なまじ中途半端なことを知っているがゆえに読みながらいろいろ考えてしまった。むしろ、予備知識がない方が楽しめるかもしれない。
巻末の訳者付記と解説がまたわかりやすく、興味深い。訳者お薦めの『レックス・ムンディ』(集英社文庫)も読みたくなってしまう。
角川文庫のサイトもお薦め。ただし、訪問は読了後にされたし。
2004年09月22日
THE CHILDREN OF GREEN KNOWE L.M.Boston 〜まぼろしの子どもたち〜
母を亡くしたトリーは新しい母と折り合いが悪く、ビルマに赴任している両親と離れ、寄宿学校に身を置いている。そんなトリーのもとに、曾祖母から来ないかと声がかけられた。晩秋の野を覆い尽くすフラッドの中、トリーは曾祖母の暮らす屋敷へ向かう。
グリーン・ノウと呼ばれるその古めかしい屋敷は不思議な雰囲気をたたえていた。その屋敷でトリーが出会ったのは……。
そこに行ったこともなければ見たこともないのになぜか懐かしい、そんな気持ちにさせてくれる本だった。懐かしいのは場所だけではない。人がとても懐かしくなる。とりわけ、とうの昔に亡くなった人々の面影が記憶の底からすうっと浮かび上がってきて、呼びかけずにはいられなくなる。
だからといっていたずらに郷愁にふけっているのではなく、しっかりと現実に生き、未来に向かって歩み出していく強さがある。
馬を盗むためにお手伝いの娘をたぶらかす若者がいて、二度の大戦に息子と孫を送った老いたる家僕がいて、そして、ペストの大流行で亡くなった人々の中にはいたいけな子どもたちもいたという現実、歴史がこの作品の背景にある。
懐かしいのに感傷に流されていないのは、確固とした現実認識に支えられているからだろうか。
フラッドの中に浮かんでいるかのようなグリーン・ノウは箱舟のよう。その箱舟の中で自分の居場所を見つけたトーリィは、パーシィとの出会いをきっかけに、外へ、そして未来へ向かって歩き出していく。
以前に読んだ『トムは真夜中の庭で』に通じるものがあるような気がする。ガーデニング王国たるイギリスらしさを感じる。
高熱の妹を思い、フラッドの中、愛馬を駆るトビー、音楽の才能に恵まれたアレキサンダー、愛らしいリネット。まるで生きているのではないかと思える子どもたち、だからこそ、リネットの「わたし、死んじゃってるもの」という言葉が切なく響く。
15歳で亡くなった友人もフルートを吹いていた。いつかフルートを吹いてみたいと思いつつ、時間ばかりが流れている。
幻想的なクリスマスのなんとおごそかで美しいこと! 妖精や精霊の住む国だから、そして何よりグリーン・ノウだから、どんなことが起こっても不思議ではない。この作品はぜひ、クリスマスに読んでほしい。
シリーズをとおして読んでみたい。
邦訳 『まぼろしの子どもたち』 瀬田貞二訳
『グリーン・ノウの子どもたち』 亀井俊介訳
グリーン・ノウと呼ばれるその古めかしい屋敷は不思議な雰囲気をたたえていた。その屋敷でトリーが出会ったのは……。
そこに行ったこともなければ見たこともないのになぜか懐かしい、そんな気持ちにさせてくれる本だった。懐かしいのは場所だけではない。人がとても懐かしくなる。とりわけ、とうの昔に亡くなった人々の面影が記憶の底からすうっと浮かび上がってきて、呼びかけずにはいられなくなる。
だからといっていたずらに郷愁にふけっているのではなく、しっかりと現実に生き、未来に向かって歩み出していく強さがある。
馬を盗むためにお手伝いの娘をたぶらかす若者がいて、二度の大戦に息子と孫を送った老いたる家僕がいて、そして、ペストの大流行で亡くなった人々の中にはいたいけな子どもたちもいたという現実、歴史がこの作品の背景にある。
懐かしいのに感傷に流されていないのは、確固とした現実認識に支えられているからだろうか。
フラッドの中に浮かんでいるかのようなグリーン・ノウは箱舟のよう。その箱舟の中で自分の居場所を見つけたトーリィは、パーシィとの出会いをきっかけに、外へ、そして未来へ向かって歩き出していく。
以前に読んだ『トムは真夜中の庭で』に通じるものがあるような気がする。ガーデニング王国たるイギリスらしさを感じる。
高熱の妹を思い、フラッドの中、愛馬を駆るトビー、音楽の才能に恵まれたアレキサンダー、愛らしいリネット。まるで生きているのではないかと思える子どもたち、だからこそ、リネットの「わたし、死んじゃってるもの」という言葉が切なく響く。
15歳で亡くなった友人もフルートを吹いていた。いつかフルートを吹いてみたいと思いつつ、時間ばかりが流れている。
幻想的なクリスマスのなんとおごそかで美しいこと! 妖精や精霊の住む国だから、そして何よりグリーン・ノウだから、どんなことが起こっても不思議ではない。この作品はぜひ、クリスマスに読んでほしい。
シリーズをとおして読んでみたい。
邦訳 『まぼろしの子どもたち』 瀬田貞二訳
『グリーン・ノウの子どもたち』 亀井俊介訳
2004年08月13日
『助産婦が裁かれるとき』 クリス・ボジャリアン
『助産婦が裁かれるとき』 "MIDWIVES"
クリス・ボジャリアン/高山祥子訳(「高」は旧字体)
創元推理文庫/2004.05.28発行 1000円(税別)
ISBN: 4488248020
助産婦は死んだ産婦の腹から赤ん坊を取りあげた――が、産婦は生きていた?
1981年、カナダ国境に近いヴァーモント州の小さな町。自宅の寝室で出産の時を迎えようとしていた牧師の妻の呼吸が止まった。外は吹雪、道路は凍結し、電話も通じない。介助していた無認可助産婦シビルは必死で産婦に蘇生術を施すが、息を吹き返す気配はない。胎児だけでも助けたい一心でシビルは助産婦には禁じられている帝王切開を行い、元気な男の子がこの世に生まれ出た。だが、シビルは殺人罪で起訴される。生きた産婦に麻酔もかけずに帝王切開を施し、死に至らしめたというのだ。
出産は自然の営みであるが、ひとたび不測の事態が起これば母子ともに命を落としかねない。私事ではあるが、末っ子妊娠中、わたしは自宅分娩を夢見ていた。だが、その夢は妊娠中毒症のため入院を余儀なくされ、あえなくついえた。幼い2人の子どもをわたしの実父母に託しての入院生活であり、子どもたちのそばにいたくてたまらず「帰りたい」と懇願したとき、病棟の看護婦長さんから「子どもを残して死にたいの!」と激しく叱責された。わたしの症状はかなり重かったため、万が一自宅で子癇発作が起これば、母子ともに生命の危機に立たされる危険性があったからである。
それゆえ医師たちは危険性を回避するためとして病院での出産を勧める。彼らにとって、家庭での出産を尊いとする無認可助産婦は排除すべき存在でしかない。シビルの裁判はシビル個人のみならず、無認可助産婦に対する医療側からの攻撃であった。
裁判の争点は「シビルがナイフを入れたときに産婦は生きていたか否か」の1点に絞られる。シビルの助手はナイフを入れたとき、産婦の身体から血が噴き出たと証言する。産婦の心臓はまだ動いていたのか。助産婦はいつ産婦の異変に気づき、どう対処したのか。そもそも産婦は家庭での出産に耐えられる健康状態だったのか。それぞれの証人の目から見た「事実」が細やかに描き出され、積み上げられていく。シビルを罪に問おうとする州検察官、家庭での出産をよしとしない産科医、シビルを無実とする証拠を探して奔走する女性私立探偵、シビルに心を寄せる担当弁護士、それぞれの思惑が法廷で絡み合い、読者もまた、固唾をのんで裁判を見守らずにはいられなくなる。
物語の語り手はシビルの一人娘、コニー。思春期の少女らしい張りつめたトーンで、コニーは母の裁判を語る。章の初めに挟み込まれたシビルの日記とあいまって、助産婦として自宅での出産を介助することを何よりの喜びとし、誇りとしていた1人の女性の真摯な生き方、そして、母の生き方をまっすぐに見つめる娘との温かく、確かな絆が伝わってくる。
『助産婦が裁かれるとき』はボジャリアンの5作目の小説。〈オプラズ・ブック・クラブ〉で取り上げられ、注目を浴びた作品である。出産や医療のあり方を考えさせる、読みごたえのある佳編である。
◇アマゾン・ジャパンへ
◇bk1へ
『海外ミステリ通信』7月号掲載分に加筆し、修正しました。
クリス・ボジャリアン/高山祥子訳(「高」は旧字体)
創元推理文庫/2004.05.28発行 1000円(税別)
ISBN: 4488248020
助産婦は死んだ産婦の腹から赤ん坊を取りあげた――が、産婦は生きていた?
1981年、カナダ国境に近いヴァーモント州の小さな町。自宅の寝室で出産の時を迎えようとしていた牧師の妻の呼吸が止まった。外は吹雪、道路は凍結し、電話も通じない。介助していた無認可助産婦シビルは必死で産婦に蘇生術を施すが、息を吹き返す気配はない。胎児だけでも助けたい一心でシビルは助産婦には禁じられている帝王切開を行い、元気な男の子がこの世に生まれ出た。だが、シビルは殺人罪で起訴される。生きた産婦に麻酔もかけずに帝王切開を施し、死に至らしめたというのだ。
出産は自然の営みであるが、ひとたび不測の事態が起これば母子ともに命を落としかねない。私事ではあるが、末っ子妊娠中、わたしは自宅分娩を夢見ていた。だが、その夢は妊娠中毒症のため入院を余儀なくされ、あえなくついえた。幼い2人の子どもをわたしの実父母に託しての入院生活であり、子どもたちのそばにいたくてたまらず「帰りたい」と懇願したとき、病棟の看護婦長さんから「子どもを残して死にたいの!」と激しく叱責された。わたしの症状はかなり重かったため、万が一自宅で子癇発作が起これば、母子ともに生命の危機に立たされる危険性があったからである。
それゆえ医師たちは危険性を回避するためとして病院での出産を勧める。彼らにとって、家庭での出産を尊いとする無認可助産婦は排除すべき存在でしかない。シビルの裁判はシビル個人のみならず、無認可助産婦に対する医療側からの攻撃であった。
裁判の争点は「シビルがナイフを入れたときに産婦は生きていたか否か」の1点に絞られる。シビルの助手はナイフを入れたとき、産婦の身体から血が噴き出たと証言する。産婦の心臓はまだ動いていたのか。助産婦はいつ産婦の異変に気づき、どう対処したのか。そもそも産婦は家庭での出産に耐えられる健康状態だったのか。それぞれの証人の目から見た「事実」が細やかに描き出され、積み上げられていく。シビルを罪に問おうとする州検察官、家庭での出産をよしとしない産科医、シビルを無実とする証拠を探して奔走する女性私立探偵、シビルに心を寄せる担当弁護士、それぞれの思惑が法廷で絡み合い、読者もまた、固唾をのんで裁判を見守らずにはいられなくなる。
物語の語り手はシビルの一人娘、コニー。思春期の少女らしい張りつめたトーンで、コニーは母の裁判を語る。章の初めに挟み込まれたシビルの日記とあいまって、助産婦として自宅での出産を介助することを何よりの喜びとし、誇りとしていた1人の女性の真摯な生き方、そして、母の生き方をまっすぐに見つめる娘との温かく、確かな絆が伝わってくる。
『助産婦が裁かれるとき』はボジャリアンの5作目の小説。〈オプラズ・ブック・クラブ〉で取り上げられ、注目を浴びた作品である。出産や医療のあり方を考えさせる、読みごたえのある佳編である。
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『海外ミステリ通信』7月号掲載分に加筆し、修正しました。
2004年08月12日
『天使と悪魔』(上・下) ダン・ブラウン
ハーバード大学の宗教象徴学教授ロバート・ラングドンはスイスのセルン(欧州原子核研究機構)所長マクシミリアン・コーラーからある紋章の謎を解くよう依頼を受ける。反物質の研究者であり、司祭でもあったレオナルド・ヴェトラが殺害され、その胸に紋章が焼き付けられていた。その紋章はガリレオの時代にさかのぼり、今は存在しないとされる秘密結社〈イルミナティ〉のものだった。反物質は盗まれ、かつて〈イルミナティ〉を迫害したヴァチカンのどこかに持ち込まれたという。折しも前教皇が亡くなったばかりのヴァチカンは、次期教皇を選出するためのコンクラーベ──教皇選挙会の最中だった。ラングドンはヴェトラの養女で共同研究者でもあったヴィットリアとともにヴァチカンに向かい、拉致された4人の有力な次期教皇候補を救出するため、ガリレオが遺した書の謎解きに挑戦する。
宗教と科学という普遍的な課題を軸に、宗教的・美術史的蘊蓄をふんだんにまぶした、サスペンスあり、ロマンスありのよくできた娯楽小説。ちょっとありえない、とか、できすぎじゃないかという点はあるが、フィクションとして読むなら文句なく楽しめる。コンクラーベやローマ観光案内にも詳しくなれるというオマケ付き。
ヴァチカンと秘密結社との確執というテーマはそれだけで十分興味を引くものであり、そこに豊富な知識を縦横に駆使した蘊蓄がまぶされていれば、おもしろくないはずはない。司祭の養女という設定は考えられなくはないにしても、実際にそういう例があるのかどうか疑問であり、また、前教皇の侍従であったカメルレンゴの出生についても荒唐無稽である。修道者は私有財産を持たず、医師の診察を受けるにしても一々監督者である長上の許可を得なければならないからである。
以前、確か塩野七生氏の著書だったと思うが、かつては男装した教皇が教皇座で分娩したこともあったとのこと(史実かどうかについては記憶にない)。ヴァチカンというところは何があっても不思議ではない場所だという気もしている。
関連して触れられているフリーメーソンについて、どういう存在なのか、歴史の中でどのような役割を果たしているのか、詳しく知りたいと思う。
『ダ・ヴィンチ・コード』も図書館で予約を入れているが、さていつになることか。中古でもう少し安くなれば買ってもいいかなという気持ちになりつつある。
宗教と科学という普遍的な課題を軸に、宗教的・美術史的蘊蓄をふんだんにまぶした、サスペンスあり、ロマンスありのよくできた娯楽小説。ちょっとありえない、とか、できすぎじゃないかという点はあるが、フィクションとして読むなら文句なく楽しめる。コンクラーベやローマ観光案内にも詳しくなれるというオマケ付き。
ヴァチカンと秘密結社との確執というテーマはそれだけで十分興味を引くものであり、そこに豊富な知識を縦横に駆使した蘊蓄がまぶされていれば、おもしろくないはずはない。司祭の養女という設定は考えられなくはないにしても、実際にそういう例があるのかどうか疑問であり、また、前教皇の侍従であったカメルレンゴの出生についても荒唐無稽である。修道者は私有財産を持たず、医師の診察を受けるにしても一々監督者である長上の許可を得なければならないからである。
以前、確か塩野七生氏の著書だったと思うが、かつては男装した教皇が教皇座で分娩したこともあったとのこと(史実かどうかについては記憶にない)。ヴァチカンというところは何があっても不思議ではない場所だという気もしている。
関連して触れられているフリーメーソンについて、どういう存在なのか、歴史の中でどのような役割を果たしているのか、詳しく知りたいと思う。
『ダ・ヴィンチ・コード』も図書館で予約を入れているが、さていつになることか。中古でもう少し安くなれば買ってもいいかなという気持ちになりつつある。