2004年08月02日

『荊(いばら)の城』 サラ・ウォーターズ

『荊(いばら)の城(上・下)』 "FINGERSMITH"
 サラ・ウォーターズ/中村有希訳
 創元推理文庫/2004.04.22発行 各940円(税別)
 ISBN: 4488254039(上)、4488254047(下)

2人の少女の数奇な運命が絡まり合うビクトリアン・ミステリ

 19世紀半ばのロンドン。公開処刑で名高いホースマンガー・レイン監獄を間近に見るサザーク地区の裏通りにある袋小路、ラント街。怪しげな風体の人々が行き交う中に錠前屋があった。裏の稼業は故買屋――盗品売買である。孤児スウことスーザン・トリンダーは故買屋のおかみに育てられ、掏摸(すり)を生業としていた。ある日、顔見知りの詐欺師通称〈紳士〉がうまい話を持ちかけてくる。さびれた城館に伯父と暮らす令嬢をだまして結婚し、財産をいただこうというのだ。スウはにわか仕込みの侍女として一役買うことになる。ブライア城(荊の城)で同い年の孤独な令嬢モードに仕えるうちに、いつしかスウは偽りの主従関係を超えた絆を感じ始める。〈紳士〉が企みを実行に移したとき、スウの目に映ったのは……。

 昨年、ミステリ・ファンを騒然とさせた話題作『半身』に次ぐサラ・ウォーターズの翻訳第2作。繊細さと重厚さはそのままに、物語の楽しさを満喫させてくれる。その展開の早さ、あっと驚かせる仕掛け、そして存在感あふれる人間像は19世紀イギリスの文豪ディケンズを彷彿とさせる。第1部、第2部のスピーディな展開に比べると第3部はやや緩慢に思われるが、それとてもこの物語の趣を損なうほどではない。物語が始まるサザークのラント街はディケンズが貧しい少年時代を過ごした街であり、物語のそこここに『オリバー・ツィスト』『大いなる遺産』などの面影がほの見える。ディケンズが女の姿で現代にあらわれた、そんな感さえある。
 
『半身』と同じく舞台はビクトリア朝英国。ロンドンの暗黒街と片田舎の陰鬱な城館を舞台に、生まれも育ちも違う2人の少女の運命が荊(いばら)の蔓のように絡まり合い、秘密が明かされる。
 がちがちのコルセットのような厳しい道徳や倫理に縛られながらも、自分らしく生きようとする女たちの魂の熱さに打たれる。ときに激しく、ときにしたたかに、ときに妖しく生きる女たちに、いつしか自分もその中に生きているような錯覚さえ覚えてしまう。だましだまされ、何が真実なのかとめまいすら感じながら、終幕へと一気に導かれていく。
 加えて、光るのは小道具使いの巧みさである。モードの象徴ともいえる白い手袋、そして2人の少女の「指」が残像のように脳裏に刻まれる。

『半身』に圧倒された方はもちろん、物語を愛するすべての皆様にお薦めしたい作品である。『半身』のねっとりとまとわりつくような雰囲気になじめない方も『荊の城』なら十分にお楽しみいただけるだろう。著者の特徴とも言えるレズビアン描写は、妖しいながらも前作より清新であり、美しい絵画を見ているようである。
 CWA賞エリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー/最優秀歴史ミステリ賞受賞作品。

 次に荊(いばら)の城の囚われ人になるのは、あなたかもしれない。

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『海外ミステリ通信』5月号掲載分に加筆あし修正しました。                         
posted by 如月 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | U V W | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする