大崎さんの作品は『将棋の子』しか読んでいませんが、筆力のある作家さんだという印象がありました。純粋で不器用な生き方しかできない人間に向ける優しいまなざしと熱い共感が心に残っています。そんな大崎さんの作品だから期待して読んだのですが、正直言って、がっかりしています。
切なさは伝わってきますし、そういう生き方があったというのもわかるような気がします。だけど、どこか表面的で感情に流されているだけのように思われてなりません。最後の場面も、それが救いだったのかどうか……。わたしには救いだとは思えないのです。それが救いであるはずはない。
女性が美化されすぎているようにも感じます。姉妹って、もっとどろどろした部分があるんじゃないかと思うのです。洋子の姉に対する気持ちは、男性が愛する女性をマドンナのように思う気持ちに近いような気がします。
だけど、それでもやはり、この人の作風は好きです。機会があれば、他の作品も読んでみたいと思っています。
2007年12月23日
2005年03月04日
『オコナー短編集』須山静夫訳
a collection of short stories Flannery O'Connor(1925-1964)
「フォークナー、オコナーを読まなければ、南部を知っているとは言えない」というような意味の文章をどこかで読んで以来、気になっていた作家、フラナリー・オコナー。図書館で見つけて借りてきた。
著者であるオコナーの透徹した眼差しが感じられる短編集。南部の湿った土地を舞台にさまざまな人間の姿が描かれている。そこに描かれている弱さや暗さ、醜悪なまでの姿に一瞬うっとくるが、ページをおいたあと、その人々の姿が愛おしく感じられる。オコナー流の人間賛歌なのだろうか。
ひりつく痛みは生の証?
「フォークナー、オコナーを読まなければ、南部を知っているとは言えない」というような意味の文章をどこかで読んで以来、気になっていた作家、フラナリー・オコナー。図書館で見つけて借りてきた。
著者であるオコナーの透徹した眼差しが感じられる短編集。南部の湿った土地を舞台にさまざまな人間の姿が描かれている。そこに描かれている弱さや暗さ、醜悪なまでの姿に一瞬うっとくるが、ページをおいたあと、その人々の姿が愛おしく感じられる。オコナー流の人間賛歌なのだろうか。
ひりつく痛みは生の証?