2004年10月25日

『永遠の愛に生きて』 

"SHADOWLANDS"  アンソニー・ホプキンス デボラ・ウインガー 監督 リチャード・アッテンボロー

『ナルニア国物語』で知られるC・S・ルイスとその妻ジョイの物語。ERC読書会で『ナルニア国物語』を読んでいるときから気になっていて、オークションで見つけてやっと入手することができた。レンタル落ちだけど、画面はきれいだった。

『ナルニア国物語』の愛読者であり、詩人でもあるユダヤ系アメリカ人ヘレン・ジョイ・グレシャムは息子ダグラスを連れてイギリスを訪れ、ルイスとその兄とお茶の時間をともにする。アメリカ人らしい率直さと自己主張に戸惑いながらも、ルイスの心にジョイの存在が深く刻み込まれる。

 アルコール中毒者で妻や子どもに暴力をふるう作家の夫と離婚し、ジョイは再びイギリスを訪れる。今度は旅行者としてではなく、ロンドンで暮らすために。そして、市民権を得るため、ルイスと形式上の結婚届を提出する。ジョイに惹かれながらも、自分の殻を打ち破ろうとしないルイスに、苛立つジョイ。間もなく、ジョイは病に倒れ、末期がんを宣告される。

 ジョイとの永別を目の前に示されたルイスは、初めて自分の心の中に芽生えていた愛に気づき、ジョイの病室で牧師立ち会いの下にジョイとの永遠の愛を誓う。

 小康状態のジョイとともに、ルイスは子どものころに親しんだゴールデン・バレーを旅する。幸せの絶頂にいる二人。だが、みずからの命の終わりを悟ったジョイは、この先に待ちかまえている苦しみもまた、この幸せの一部なのだとルイスに語る。

 別れの時が来る。神学者として人々の前で神の愛と神が与える試練について語ったルイスも、あまりの悲しみの前に神の存在やその愛さえ疑うようになる。そんなルイスの目に写ったのは、幼くして母を亡くしたジョイの息子ダグラスだった。みずからもまた、わずか9歳で母を亡くしたルイスは、みずからの悲しみをダグラスに語り、二人は悲しみをともにする。 

 二人の心からジョイへの思いが消えることはなかったのだと思う。

 ルイス──ジャックの心の動きに打たれた。独身の兄との男世帯を通し、オックスフォードに二十五年も暮らしたジャックは、今や神学者としても、また、作家としても名をなし、まさに権威そのものとなっていた。ひそやかに揺れるあこがれやさみしさなど我関せずといわんばかりに。そんな堅物ジャックの心の扉をたたいた女性、ジョイ。つかの間の幸せと早すぎる別れ。飾り気のない木製のベッドがただ一つ、悲しく残る。

 アッテンボロー監督の作品はずっと以前にアパルトヘイト政策下の南アフリカを描いた作品『遠い夜明け』を見たきりで、アカデミー賞を受賞した『ガンジー』も見ていない。『ジュラシック・パーク』にも出演されていたとのこと。あのサンタクロースみたいなおじいさん?

『日の名残り』"THE REMAINS OF THE DAY"(これもいい映画!)での執事役が印象的すぎたので、C・S・ルイスとしてのアンソニー・ホプキンスになじむまでしばし時間が必要だった。思いを胸に秘めてという役どころも似ていたし。だけど、ひとたびその世界に入ってしまうと、時間を忘れて見入ってしまった。

 母としてのジョイの悲しみは胸に突き刺さるようで正視できなかった。きょうはがんで亡くなった友人の一周忌。
posted by 如月 at 16:13| Comment(8) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年07月27日

影の国よ、さようなら ブライアン・シブリー著 中尾セツ子訳

 ERCで5月から『ナルニア国物語』を読んでいて、作者C.S.ルイスその人についても興味がわき、アマゾンのユーズドで入手した本。

 わたしはC.S.ルイスがクライヴ・ステイプルズ・ルイスの略であることも知らないほど、ルイスについては無知であった。読書会が始まってからウェブサイトを検索してルイスの生涯について調べてみたが、やはりそれでは断片的な情報しか得られないような気がして、まとまった形で読んでみたかったのである。

 ルイスの生涯についてはたくさんの著作が出版されているが、書名を見ているとどうも難しそうでなかなか手にとる気になれなかった。その中でこの本を選んだのは、ナルニアの書名が章名の中にあったのでわかりやすいのではないかと思ったこと、そして、ルイスと後に妻となったジョイとの出会い、結婚、そしてその死に焦点を当てていたからである。

 ジョイの死について書かれている章を読むのはつらかった。昨年秋、保育所仲間が闘病の末、ジョイと同じく学齢期の子を遺してがんで亡くなったからである。ジョイの苦しみと死を描いた箇所では、亡くなった仲間の心を残した死に顔が思い出されてたまらなかった。だからこそ、ジョイとルイス、そしてジョイの連れ子である子どもたちが死をどのように受けとめたのか、息を詰めながら読んでいた。

 ルイスほどの人――あれほどの作品を著したキリスト教思想家であっても、魂を分け合ったジョイの死後、その心に迷いが生じたことは、わたしにとって大きな慰めである。ならば、わたし如きが迷ったり、混乱したりするのは当たり前ではないか、そう思えただけでもこの本はわたしにとって得難い賜物であった。

 そして、ルイスはやはり心底からのキリスト者であったと確かめることができたのもありがたかった。『ナルニア国物語』はいろいろな読み方ができる作品だが、わたしにとってはやはり、ナルニアはキリスト教のアレゴリーであるというのが根本にあり、それがナルニア国物語の本質だととらえている。その本質をきちっと把握していないと、特に最終巻『さいごの戦い』を理解するのは困難だと思う。いや、そうとらえてはいてもとらえきれないのがナルニアのおもしろさであり怖さなのだが。

 原題は"SHADOWLANDS"。邦題は後に『永遠の愛に生きて』と改題されている。映画"SHADOWLANDS"(邦題『永遠(とわ)の愛に生きて』)のもとになった本。

 訳者は聖心侍女修道女会のシスター。文学博士号を持ち、訳出当時清泉女子大教授とのことである。
 

 
posted by 如月 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(1) | ナルニア

2004年07月26日

東の海 東の空

 ナルニア国物語"The Voyage of the Dawn Treader"を『朝びらき丸 東の海へ』とされた瀬田さんの訳に敬服する。

 では、なぜ、東の海なのだろう? そんな疑問がずっとひっかかっている。なぜ西でなく東なのか?
 
彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアとともにおられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬(もつやく)を贈り物として捧げた。
マタイによる福音書2章 9??11節


 だから東へというのは、これはわたしの勝手なこじつけかもしれない。けれど、やはり、カスピアンやリーピチープが目指したのは、あくまで「ひんがしのいやはての国(the utter East)」であったことにこだわっていたい。
posted by 如月 at 11:06| Comment(4) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年07月24日

ナルニア〜渇いているなら、飲めばよい〜

"Silver Chair"『銀のいす』第2章で、アスランはジルにこう声をかける。
"If you're thirsty,you may drink." 「のどが渇いているなら、飲めばよい」

 「『渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人のうちから生きた水が川となって流れ出るようになる』イエスは、ご自分を信じる人々が受けようとしている霊について言われたのである。」 ヨハネによる福音書7章37??38節


 そのままではないかと思う。
posted by 如月 at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年07月17日

8歳が読むナルニア 2

 ピーターとスーザンとエドマンドとルーシィいう4人きょうだいがおってな。大きなお屋敷に行ってん。そこで、ルーシィが衣装だんすに入ったらナルニアって国に行ってしもて、そこで、フォーンのタムナスさんに会うてん。タムナスさんは白い魔女の手伝いしとって、それがいやでそれがいやで泣いたから、ルーシィがハンカチ貸したげてん。そのハンカチが魔女に見つかって死刑にされた(石になった?)って、ビーバーさんが言うてくれた。


 河内版ナルニア? 変換にちょっと時間がかかりました(^^;) 標準語に翻訳しなくても大丈夫ですよね?

 タムナスさんのことは最初は「ヤギさん」でしたが、今度は「フォーン」と言っていました。

 
posted by 如月 at 11:04| Comment(2) | TrackBack(1) | ナルニア

2004年07月16日

そのひとだけの話


 温かさだけではなく厳しさをも兼ね備えた魂の指導者、アスラン。その語りかける言葉の中で、今、最もわたしの心に響いているのはこの言葉。

"I tell no one any story but his own."


"The Horse and his Boy"『馬と少年』11章でアスランがシャスタに語った言葉。

「わたしは、そのひとにはその人だけの話しかしないのだ。」『馬と少年』岩波少年文庫 243ページ


 わたしに何を語りかけておられるのでしょう?
posted by 如月 at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年07月14日

8歳が読むナルニア 1

 8歳の娘が『ライオンと魔女』を読み始めています。この子はまだゆっくりしか読めませんので、長期シリーズになると思います。

 5章まで読みました。

「プリンのとこは読んだ。エドマンドは魔女にだまされてるって知らんかったから、たくさん食べてしもたんやな」

 きょうだいでも年齢、性別、性格でとらえ方が違うのですね。
posted by 如月 at 20:43| Comment(6) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年07月09日

古い人を脱ぎ捨てて新しい人に

ナルニア〜古い人を脱ぎ捨てて新しい人に〜

 『朝びらき丸 東の海へ』ドラゴンになってしまったユースチスのもとにライオンが来る。着ているものを脱げと命じられたユースチスはヘビの衣を脱ぐが、ひとりではすべて取り去ってしまうことはできない。ライオンはユースチスの皮をはぎ、水につける。すると、彼は――。

 だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。エフェソの信徒への手紙 4章22??24節


 古い人を脱ぎ捨てるには痛みを伴うが、それは新しく生き直すためにはどうしても通過しなければならない過程である。アスランによって古い人をすべて脱ぎ捨て、命の水によって蘇ったユースチスは新たな生を生きる。
posted by 如月 at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月27日

ルーシィ〜最も小さき者〜

 ルーシィを見ていて思い浮かべるのは、これもやはり聖書にある「最も小さき者」という言葉である。この言葉はある意味でキリスト教の根幹に関わる言葉であり、随所に出てくるが、ここではその一つだけを挙げておく。

 弟子たちの間に、彼らのうちでだれがいちばん偉いだろうかということで、議論がはじまった。イエスは彼らの心の思いを見抜き、ひとりの幼な子を取りあげて自分のそばに立たせ、彼らに言われた、「だれでも幼な子をわたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。そして、わたしを受け入れる者は、わたしをおつかわしになった方を受け入れるのである。あなた方みんなの中でいちばん小さい者こそ、大きいのである。
ルカによる福音書 9章46節??48節


 きょうだいの中で最初にナルニアに行き、アスランに出会ったルーシィは末っ子。その末っ子の言葉を信じるか、信じないか。受け入れるか受け入れないか。思いは再びそこへ戻っていく。
posted by 如月 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月24日

ナルニア〜見ないで信じる者は幸い〜

 "Prince Caspian"の物語に入ってから、何度も思い出す言葉がある。「見ないで信じる者は幸い」。ナルニアはあるのか、nonsenseなのか、という命題とも絡んでくる。

 カスピアン王子に合流するため、峡谷を行くきょうだいとトランプキン。どうも道を間違えたらしい。そのとき、ルーシィの目に映ったのはアスラン! けれども、その姿を見たのはルーシィだけ。ピーターとスーザンは信じない。アスランとともに戦ったこともあったのに。まして、伝説だとしか思っていないトランプキンときたら、老いぼれた年寄りライオンだと決めつける!

 ルーシィの言葉を信じたのはエドマンドだけだった。

 ルーシィは月明かりの森でアスランに会う。ほかの者を起こし、ついてくるように告げよと。疲れてぐっすり眠る兄姉を起こすのは、末っ子にとっては大仕事。案の定、だれも素直に起きようとはしない。見えないから。自分の目にはアスランの姿が見えなかったから。疲れ果てやっと眠りについたのに、一番小さい者が勝手なことを言って無理やり起こすなんて!

 ルーが一人でも行くというならぼくも、とエドマンド。

 
十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た。」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。」と言った。八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように。」と言われた。それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」
ヨハネによる福音書 20章24節〜29節



 トマスは正直で勇気のある人だった。そんなトマスであっても、見ないで信じることがどんなに困難であったか! 

 見ないで信じるのかと問われたら、わたしは何と答えるのだろう。
posted by 如月 at 10:00| Comment(4) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月22日

ナルニア〜PBを買う前に〜

 子どもに貸していた岩波少年文庫版ナルニア国物語が返ってきた。ちらちらと眺めて気がついたこと――こんなにたくさんさし絵がついてたなんて!

 わたしの持っているPBは全7巻を1冊にまとめた合巻本である。さし絵は章の始めに一コマ載っているだけ。どうやらさし絵はもっとたくさんあるようだと気づいたのは、ごく最近のこと。悔しがっても今さらなので、なるべく考えないようにしてきたのだが、これではちょっと悲しすぎる。

 今のところで一番悲しいのは『馬と少年』10章。ライオンに襲われそうになったアラビスとフィンを助けようとシャスタがブレーの背からおりて走る場面なのだが、合巻本には見開きで描かれたさし絵の左半分しか載せられていない。前に読んだときも、ブレーの目が後ろにある何かを見ているようだけど、一体何なのだろうといぶかしく思っていた。やっとわかった。ブレーは、後方にいる、自分が置いていった仲間を後ろめたそうに見ていたのだ! 

 『ライオンと魔女』でも、タムナスさんの居心地のよさそうな炉辺もあるし、こっそりのぞいているビーバーさんもちゃんといるではないか!
 今ごろになって少年文庫の絵をため息つきつつ眺めている。

 PBで読もうとされている方には、さし絵がついているかどうか、確認してからの購入をお勧めします!


 
posted by 如月 at 14:25| Comment(4) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月18日

13歳が読むナルニア 4

指輪ハリポタナルニア

『指輪物語』  『ホビットの冒険』を「ハンケチって何やねん」とぼやきながら読む。『旅の仲間』『2つの塔』それぞれビデオ、DVDで鑑賞、何度も見ている模様。『王の帰還』のDVD化を待っている(映画館は嫌いなので見に行こうとは言わない)

『ハリー・ポッター』 『賢者の石』のみDVDで鑑賞。

『ナルニア』 現在、『魔術師のおい』読書中。他6巻は読了。

「ナルニアって指輪に似てるとこあるな」
--そうそう。両方の作者は親しかったらしいから。

 今のところ、映像で見るなら『指輪』、本で読むのは『ナルニア』と使い分けているようだ。ハリポタは好みではないらしい。

 映画化されたナルニアをもし見るとしたら、どう評価するだろう?――「ターキッシュ・ディライト」がどう描かれているかにかかっているような気がする。
posted by 如月 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月16日

13歳が読むナルニア 3

カルメンやったっけ、アーケンちゃう方」
--カロールメン?
「そうそう。カロールメンの人らって、どこから来たんやろ」
この質問、どこかで見たような。しばし沈思黙考――

--「トルコの衣装だんすからと違うかなって説(学説?)があるけど……」カロールメン人のルーツは?参照

「トルコの子どもが衣装だんすに入ったんやろ!」

 トルコの衣装だんす説に1票追加!
posted by 如月 at 12:02| Comment(2) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月14日

13歳が読むナルニア 2

『さいごの戦い』まで読んでしまったらしい。終わり方が納得できないので、期末テストが終わったら、もう1回読んでみるとのこと。

 インタビューするタイミングを逸してしまい、母呆然。
posted by 如月 at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年06月13日

13歳が読むナルニア 1

 「何か読む本ない?」と中学生の息子が聞いてきたので、『馬と少年』を渡しました。この子はふだんあまり本を読みません。読む本といえば『シートン動物記』かホームズ(ホームズから一歩も進んでいません)くらい。『コンチキ号漂流記』『ソロモンの指輪』は繰り返し読んでいます。

 昼前に読み始めて夕方には読み終えました。動物好きなので、ものいう馬の話は気に入ったようです。「続きないの?」と聞いてきたので、『ライオンと魔女』『カスピアン王子のつのぶえ』『朝びらき丸 東の海へ』『銀のいす』『さいごの戦い』を持って行かせました。このうち、何冊かは前日古書店から届いたもの、残りは図書館から借りたものです。すべて岩波少年文庫版です。

 その日のうちに『ライオンと魔女』を読み終え、『カスピアン王子のつのぶえ』を半分ほど読んだようです。

 以下、インタビュー。

--『ライオンと魔女』と『馬と少年』どっちがおもしろかった?
ライオンやな。

--エドマンドってどう思った?
プリンできょうだい売るのは悲しいやん。3こ100円やで。(3こ100円なんかで売ってたっけ? しかし、これではあまりに悲しい! 岩波書店さん、注釈つけてもいいからここは「ターキッシュディライト」としてください)

--何もらったらきょうだい売れる?
プリンはあかん。せめてケーキにしてほしい。

--エドマンドはあとで改心したけど。
プリンで売ったんやから当然ちゃう? (とほほ。実もフタもないとはこのことか!)

--『馬と少年』に出てくるアラビスってどう思う?
凶暴やな! なんであんな偉そうなん? 
--お姫様やからね!

(いぶかしげに)なんでそんなんきくん?
--え? まあええやん! おやすみ!

(続く) 
posted by 如月 at 08:11| Comment(5) | TrackBack(1) | ナルニア

2004年06月01日

ナルニア〜なぜトルコ〜?

 異国情緒あふれる『馬と少年』は、一体どこを舞台にしているのだろう。

 そもそも「アスラン」という名はトルコ語のライオンとのことだし、ターキッシュ・ディライトも「トルコの喜び」なんて名前である。また、身の上を語るアルビスには『千夜一夜物語』のシェヘラザードを偲ばせるものがある。

 となると、これはもしかしたらトルコ――オスマン朝トルコなのだろうか。 
 なぜ、英国の作品にこれほどトルコの影響が見られるのだろう。

 という疑問から、トルコについて少し調べてみた。

オスマン帝国
 そうか。第1次世界大戦後、イギリス、フランスなどがトルコを占領統治していたことがあるんだ。世界史は一応習ったはずなのに、そんなことも知らないなんて、大きな声では言えない。

 東洋と西洋の文化が出会う場所であり、帝都イスタンブール(コンスタンティノープル)は長い歴史のある都である。

相鉄瓦版 特集トルコ

上記サイトより引用
「こうして見ていくと、ヨーロッパにとって、トルコは東方文化の窓口であったことが分かる。そして、珍しい物、異文化風の到来物を「トルコ風」と呼んで親しんできたのだろう。」

 トルコの料理はおいしいと書かれているところが多かったが、ターキッシュ・ディライトについてはおいしいという記載はほとんど見られなかった。なぜ?

 『千夜一夜物語』について調べていたら、バートン版『千夜一夜物語』に遭遇し、しばし見入ってしまった。鮮やかな表紙画はまことに魅力的なのだけど、うちではしっかりカバーをかけておく方がよさそうだ。
posted by 如月 at 08:36| Comment(4) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年05月31日

ナルニア〜女の子たち〜

ナルニア』に登場する女の子の中では、スーザン、ジルが好き。アラビスもいいな。俗っぽいスーザン、泣き虫ジル、高飛車なアラビス。スーザンには自分を見ているような親しみを感じ、ジルの成長ぶりにわくわくする。アラビスの「鋼のような」しなやかさと強さにあこがれる。

 女性キャラについては『指輪物語』より『ナルニア』の方が好き。『指輪』によく出てくるson of〜という表現は好きじゃないし、戦場で活躍するのはエオウィンだけというのも物足りない。

『指輪物語』より『ナルニア』の方が低年齢を対象にしているような雰囲気がある。しかし、『ナルニア』の方がより平易なことばでより深く人物を描いているように思う。
posted by 如月 at 09:17| Comment(4) | TrackBack(1) | ナルニア

2004年05月30日

ナルニアの背景

ナルニアの背景

 聖書 ケルト 民話、神話

 ルイスの伝記を読んでみたい。

 この時代、イギリスの人々はトルコをどのように見ていたのだろうか? 梨木香歩(お名前を「香車」と「歩」と読んでしまった)『村田エフェンディ滞土録』(角川書店)1470円を読んでみるといいかも。100年前のトルコのことが書いてあるそうだ。
posted by 如月 at 09:15| Comment(2) | TrackBack(0) | ナルニア

ルーシーとスーザン〜マリアとマルタ〜

"The Lion,the Witch and theWardrobe"での現実的な姉スーザンと最初にナルニアを訪れるルーシーを見ていて思い浮かべるのは、マリアとマルタのお話である。現実のこまごまとしたことに心をわずらわせるスーザンはマルタ、まっすぐにナルニアに飛び込んでいくルーシーはマリアと、わたしの中でイメージが結びつく。

 「一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとに座って、御言に聞き入っていた。ところが、マルタは接待のことで忙しくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに気を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。ルカによる福音書第10章38節〜42節


 ナルニアをまた読むようになってから、何だか聖書を開くことがふえている。何冊か手元にある聖書(新約のみとか、新約旧約両方とか、いろいろバージョンがある)は本棚の隅でホコリをかぶってました。これってどうかなと思うけど……、ま、いいか(^^;)
posted by 如月 at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ナルニア

2004年05月27日

ナルニア占い

 うらしまさんからおしえていただいたナルニア占いを試してみました。



The fifth book written, you're the third book chronologically and take place during The Lion, the Witch and the Wardrobe. You tell the story of the humans Shasta and Aravis and the talking horses Bree and Hwin, all trying to escape from unhappy lives in Calormen to go to Narnia.


Find out which Chronicles of Narnia book you are.

 うーん、コメント欄だとなぜか画像が表示されなかったんですよねぇ。謎です。
posted by 如月 at 17:32| Comment(3) | TrackBack(0) | ナルニア