2007年12月23日

『再起』ディック・フランシス

 ある方から貸していただいて、一気に読みました。ハラハラドキドキ、ジーン、そしてスカっとした読後感。

 不撓不屈の男に久しぶりに出会ったような気がします。恋人への思いが泣かせるし、元妻の父との絆も感動的ですが、別れた妻との関係がじくじくしていないところがいいですね。べたっとしたところがないっていい。

 生きていく上で支えになってくれそうな物語です。これが現在86歳になる作家の作品だとは思えないほど、力に溢れています。すばらしい作品に出会えた幸せをかみしめています。

 実は、フランシスを読むのは初めてです。『大穴』『利腕』『敵手』、全部呼んでみたいと思っています。
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"GOOSE IN THE POND" Earlene Fowler

Berkley Prime Crime Books 305ぺージ

 ストーリー・テリング・フェスティバルを間近に控えたある朝、ゲイブと公園をジョギングしていたベニは、池にマザーグースの衣装をつけた女性の死体が浮かんでいるのを発見する。女性は図書館で物語の読み聞かせをしているノーラだった。フェスティバルの準備に追われながらも、ベニはノーラの死の真相を探ろうとする。

 ベニ・ハーパー・シリーズ第4作。突然訪ねてきたゲイブの息子サムや第1作にも登場したはとこのリタに振り回されながらも、個性の強いストーリー・テラーたちをまとめ、大事な人を亡くしたゲイブを支えるベニに、心からエールを送りたくなった。ノーラの弟の名がニックというあたりがご愛敬。1998年アガサ賞最優秀長編賞ノミネート作。
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"KANSAS TROUBLES" Earlene Fowler

Berkley Prime Crime Books 306ページ

 ゲイブ・オーティスと電撃結婚したベニは、ゲイブの故郷カンザスを訪れる。二人を歓迎するバーベキュー・パーティで、ベニは野心にあふれたカントリー・シンガー、テイラー・ブラウンに出会う。アーミッシュの出身であるテイラーは、ゲイブの旧友ロブと親密だった。その夜、テイラーは遺体となって発見され、ロブに容疑がかけられる。ゲイブの妹の助けを借りて真実を明らかにしようとしたベニは、ゲイブと旧友との絆をとおして、これまで知らなかった夫の姿を目にすることになる。

 ベニ・ハーパー・シリーズ第3作。アーミッシュの生活が身近に感じられ、アーミッシュ・キルトを見てみたいという気持ちをかき立てられた。新婚当時、夫の実家や旧友の家を訪問して、そこはかとなく感じる疎外感。夫と義父母や旧友の間にあるつながりの方が妻である自分とのつながりよりも強いのではないかと心もとなさ、そんな気持ちを思いだし、ベニをとても身近に感じた。長く教職に就いていたゲイブの母、性格の違う双子の妹たちとベニがどう関わっていくのか、これからも見守っていきたい。

 
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"IRISH CHAIN" Earlene Fowler

Berkley Prime Crime Books
309ページ

 サン・セライナにある退職者ホームでダンス・パーティが開かれた。パーティの会場でベニは、高校時代のあこがれの人、クレイ・オハラに思いがけず再会する。だが、ベニを驚かせたのは、それだけではなかった。ホームの入居者で小学校時代の恩師ヴァイオレットと、デパート経営者だったクレイのおじが死んでいるのが見つかったのだ。4年生のとき、『シャーロットのおくりもの』を読んでくれた優しいヴァイオレットがなぜ? 2人の死の謎を追うベニは、第二次世界大戦開戦時の出来事が影を落としているのに気づく。その影とは? そして、2人の死の真相は?

 ベニ・ハーパー・シリーズ第2作。事件を調べている過程でベニが出会った日系人の姿が印象的だった。歴史のはざまで翻弄されながらも、ひたむきに生きた人々、そして今も残る戦争の傷跡に心が痛んだ。かつてのあこがれの人に再会したベニの心の揺れに、切ない思いがよみがえるような気がした。

 興味深い設定がいまひとつ生かし切れず、やや物足りなさが残ったので、できればもう一工夫欲しかったところである。
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『ひよこはなぜ道を渡る』エリザベス・フェラーズ 

中村有希訳 創元推理文庫
"YOUR NECK IN A NOOSE" Elizabeth Ferrars
ISBN:4488159214

 旧友のジョンからぜひ来てほしいと請う手紙をもらい、マロウビイ村にあるレドヴァーズ荘を訪れたトビー。だが、屋敷に人けはなく、ジョンは書斎で死んでいた。部屋には格闘の跡と血痕や弾痕がなまなましく残っていたが、遺体に外傷はなかった。心臓が悪かったジョンの死は自然死とされた。ならば、血痕はだれのもの? そして、屋敷にいるはずの妻と使用人たちはどこに? 〈殺人なしの死体〉と〈死体なしの殺人〉を巡って、トビーとジョージが真相を推理する。おなじみ、トビー&ジョージ・シリーズ5作目にして最終作。

 これは文句なくおもしろかった! 無人の屋敷、死体を巡る謎めいた状況と来れば、おもしろくないはずはない上に、個性豊かな人物たちとのやりとりが緊迫感をはらみながらもどこかユーモラスな雰囲気をかもし出してくれる。今回、ジョージはロンドンに引きこもったままかと思ったが、最後はしっかり締めてくれた。ジョンの妻リリ、ジョンの友人で父親から出版社を引き継いだコンスタンスと、今回も一癖ある女性が登場するのもうれしい。

『猿来たりなば』でちょっと引いてしまったため読まずにいたが、もっと早く読めばよかったとちょっぴり後悔している。これでトビー&ジョージとお別れかと思うと、とても寂しい。こんな感じのミステリをもっと読んでみたい。

 邦題の『ひよこはなぜ道を渡る』は作中のジョージのせりふ「なんでひよこが道路を渡ったのかわかった!」からとられている。

 訳者あとがきに、中村有希さんの浅羽莢子さんへの思いが綴られている。浅羽さんが亡くなった後に読んだためか胸に迫るものがあり、浅羽さんの死を改めて悼んだ。
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2006年03月09日

『猿来たりなば』エリザベス・フェラーズ 中村有希訳

"DON'T MONKEY WITH MURDER" Elizabeth Ferrars
創元推理文庫 ISBN: 448815916

 トビーの元に異国風の筆跡で書かれた手紙が届いた。手紙には誘拐されたが自力で帰還した「わたしのアーマ」の身を案じ、助けを求める旨記されていた。気の進まないトビーだったが、ジョージに説得され、手紙の主ポール・ヴィラグの住むイギリス南部の村イーストリートに赴く。

 村はのどかに見えるが、どこか荒廃した雰囲気が漂っていた。ウィラグの屋敷に着いたトビーたちは、家の中で若いチンパンジーの胸にナイフが突き立てられているのを発見する。そのチンパンジーは、ヴィラグが手紙に書いていた「わたしのアーマ」だった。アーマに何が起こったのか?

 トビーとジョージ・シリーズ第4作。チンパンジーの誘拐殺害という風変わりな設定はおもしろい。イングランド南部のなだらかな丘陵地帯ダウンズの一見のどかだが、飲酒と近親交配の影響が濃い村という雰囲気もよく出ている。最後まで誰が犯人か悩ませる複雑なプロットもみごとである。

 だが、この作品は読み心地がとても悪かった。知恵遅れとされている登場人物に対する扱いが不快でたまらなかった。知的障害を演出に使われることに嫌悪感をぬぐえなかった。時代的に仕方がないといえばそうかもしれない。細かい点にこだわりすぎているのかもしれない。『ナイン・テイラーズ』の変ちきピークは気にならなかったのに、『猿〜』での描写が気にさわるのはなぜだろう? トビーとジョージのシリーズは大好きだが、だけど……。

 もしこの作品を最初に読んでいたら、フェラーズの作品はこれっきりにしただろう。そう思うと、『その死者の名は』から読んだのは幸運だったのかもしれない。

 2月に出版されたシリーズ最終作『ひよこはなぜ道を渡る』を読むのはもう少し先にしようと思う。
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『細工は流々』エリザベス・フェラーズ 中村有希訳 

"REMOVE THE BODIES" Elizabeth Ferrars (1940)
創元推理文庫 ISBN: 4488159184

「泊めてくれる、トビー」ある夜、いきなり訪ねてきてお金を無心した若い娘ルーは、翌朝何も言わずに去った。翌日、匿名の電話がトビーにルーの死を告げた。殺してやりたくなるくらいお人好しだったルーに何が起こったのか? トビーとジョージは、ルーの死体が発見されたサリー州郊外にある屋敷ウィルマーズ・エンドに向かう。

 だれにでも動機があるように見えるが、殺害に及ぶほどの動機はだれにもなさそうに見えた。ひとつずつ真相が明らかになるたびに頭を振り、すべてが明らかになったときにはため息をついた。もつれ合った各人の事情が明らかになった驚きと、殺されたルーへの悼みを込めて。

 トビーとジョージ・シリーズ第2作。トビーとはかなり親しくなったような気がするが、あいかわらずジョージの正体はつかめない。

 このシリーズでは女性たちが印象的だが、本作でも女性たちの存在が際立っている。中でも、底抜けに天真爛漫で疑うことを知らないルーは、登場する場面は短いものの忘れがたい輝きを放っている。フェラーズは、女心のアヤを描くのが哀しくなるほどうまい。

 次作も楽しみである。
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『自殺の殺人』エリザベス・フェラーズ 中村有希訳

"DEATH IN BOTANIST'S BAY" Elizabeth Ferrars (1941)
創元推理文庫 ISBN:4488159176

 トビーとジョージは、男が今にも身を投げようとした現場に出くわす。その男、植物標本館館長エドガー・プリースは、すんでのところで助けられたものの、翌朝、銃声とともにこの世を去った。いったん自殺と思われたが、他殺の疑いも浮かんでくる。他殺に見せかけた自殺か、自殺に見せかけた他殺か、真相やいかに?

 トビーとジョージ・シリーズ第3作。二転三転する状況に目が離せない。エドガーの娘で、頑固だが、芯の強いジョアンナに好感が持てる。ロマンスのさじかげんもいい感じ。

 このシリーズは第4作からさかのぼって翻訳されているため、読む順番を間違えてしまったが、差しつかえなく、楽しめた。お気に入りのシリーズである。

 
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『その死者の名は』エリザベス・フェラーズ 中村有希訳

"GIVE A CORPSE A BAD NAME" Elizabeth Ferrars (1940)
創元推理文庫 ISBN: 4488159206

 1月初めの深夜、チョービー村の警察署にミンクの毛皮に身を包んだ女が駆け込んできた。「どこかの男を轢き殺しちまったのよ。いっしょに来て」。

 その女は、5年前、娘のダフネとチョービー村に移ってきたアンナ・ミルン。腹をウイスキーで満たした男の身元は不明。来合わせた奇妙なふたり連れ、トビーとジョージは頼まれもしないのにあちこちつつき始める。

 軽妙さが持ち味の本格ミステリ、トビーとジョージ・シリーズ第1作で、フェラーズ33歳のデビュー作でもある。60年以上も前の作品であるが、時代を感じさせる場面はあるものの、いささかも古びてはいない。

 正体のつかめないジョージは気になる存在である。舞台はデヴォン地方に広がるダートムアの一画。ホームズ・ファンにはおなじみの地名がちらりと出てくるあたりに、作者の遊び心を感じる。
 
 女の描き方がうまい。アンナ・ミルンの食えなさ加減もいいが、一見世間知らずのダフネの意外なしたたかさも印象的。

 ……、――が多用されているのが気になった。原文はどうなっているのだろう?
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2006年01月27日

『目覚めない女』フランセス・ファイフィールド 猪股美江子訳

"DEEP SLEEP"
 ハヤカワ・ポケットミステリ ISBN: 4150016046
 1991年CWAシルバーダガー賞
 

 公訴官ヘレン・ウェストはある報告書に不自然なものを感じた。ヘリンボーン商店街にあるカールトン親切薬局店主の妻マーガレットが就寝中に死亡したというのだ。マーガレットは痩せて口うるさくはあったが、健康そのものだった。その夜、留守にし、翌朝帰宅した夫ピップが第一発見者だった。マーガレットにはクロロフォルムを嗅ぐ習慣があったという。

 ヘレンの恋人でスコットランド・ヤード警視ジェフリー・ベイリーは、ヘレンが警察の捜査に口をはさむのを快く思わなかったが、のんだくれの部下ダンカンの別居中の妻キムがカールトン親切薬局で働いていたため、否応なしに事件に巻き込まれていく。ダンカンは未練がましくキムの身辺につきまとい、ピップもまた、男をそそる魅力に溢れたキムに惹かれていた。そしてまた一人、不審な死を遂げ、キムと息子トムにも危険が迫る。


 ハウダニットものです。周囲に気を使いながらもこうと思ったことはやり遂げるヘレン、のんだくれの夫を捨て、息子との関係に悩みながらも生計を立てていこうとするキム、すぐれた見識を持ちながらも時流に乗れない麻酔医ヘイゼル等、人物が魅力的です。先に読んだバーバラ・ヴァイン『ソロモン王の絨毯』でも少年の心理が巧みに描かれていましたが、本作でもダンカンとキムの息子トムのいらだちや寂しさも含めて生き生きと描かれています。真面目だけど一歩踏み切れないベイリーとヘレンのこれからが気になります。

 ヘレン・ウェスト・シリーズは『愛されない女』、CWA賞法廷ミステリ賞を受賞した『別れない女』に続き、本作が3作目、後書きには4作目の"SHADOW PLAY"が出ているとありました。ほかに弁護士サラをヒロインとする『鏡のなかの影』、本名フランセス・ヘガティ名義の作品"THE PLAYROOM" "HALF LIGHT"があります。また、サラ・パレツキー編『ウーマンズ・ケース(上)』に短篇「失うものはない」が収録されています。
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2005年10月13日

『隠匿』リンダ・フェアスタイン著 平井イサク訳

 "THE BONE VAULT" Linda Fairstein
 ハヤカワ文庫 ISBN: 4151733558

 メトロポリタン美術館所蔵の古代エジプトの石棺から女性の死体が発見された。被害者は南アフリカ出身でメトロポリタン美術館の分館クロイスターズの研修生だったカトリーナ・グローテン、死因は毒殺。半年前にレイプ被害に遭ったカトリーナは帰国を考えていたらしい。

 捜査を始めたアレックスは、美術館では毒薬がさまざまな用途で使われていること、メトロポリタン美術館とクロイスターズとの間に確執があったことを知る。カトリーナに何があったのか。カトリーナを殺したのはだれか? なぜ殺されたのか? 

 検事補アレックス・クーパー・シリーズ第6作。今回は美術館と博物館を舞台にその裏側にうごめく欲望や野心、陰謀を描く。美術館や博物館がどのようにして収蔵品を集めたのかを考えると、そこに侵略、収奪があったことは明らかである。そこから目をそらしてはいけない。

 本書の中でとりわけショッキングだったのは、イヌイットの少年の話だった。少年と父を含む6名のイヌイットが研究対象としてアメリカに連れて行かれた。少年はアメリカ人家庭に引き取られたが、ある日、父の骨が博物館に骨格標本として展示されているのを知る。少年は父の骨を故郷に葬ろうとする。

『父さんのからだを返して』Journalに書いた記事

 本シリーズは本国では既に7作目まで出版されている。お気に入りのシリーズである。
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2005年08月04日

『妄執』 リンダ・フェアスタイン 平井イサク訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

"THE DEADHOUSE" Linda Fairstein ISBN: 415173354X

 大学教授ローラが絞殺された。マンハッタン地方検察庁性犯罪訴追課長である検事補アレックス・クーパーは、ローラが畑違いである発掘調査に関わっていたことを不審に思う。

 捜査を進める過程で、アレックスは研究計画の裏に研究者らの欲望が渦巻いていたのを知る。そして、そこには金、地位、麻薬をめぐる熾烈な争いも展開されていた。手がかりをつかむため、調査現場であった荒廃した島でアレックスが見たものは?

 仕事に恋に趣味のバレエに、パワフルでスタイリッシュな検事補アレックス・シリーズ第4作。ネロ・ウルフ賞受賞作品。

 華やかな印象のあるマンハッタンに、このような荒廃した島があると初めて知った。その島の歴史、島をめぐる人々の思惑に目を見はり、追われるスリルに息を呑み、一気に読んだ。

 いささか恵まれすぎているヒロインだが、嫌みはなく、その真摯な生き方に惹かれる。象牙の塔に潜む陰謀を暴く骨の太さと、ニューヨークの暮らしをかいま見る楽しさが共存する、贅沢な1冊である。

『海外ミステリ通信』2004年9月号掲載分に訂正加筆。

◇bk1
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2005年08月03日

『誤殺』リンダ・フェアスタイン 平井イサク訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

"FINAL JEOPARDY" Linda Fairstein ISBN:4151733515

 マンハッタン地方検察庁検事補アレックス・クーパーの別荘で人気女優イザベラが殺害された。ストーカーの仕業か? 性犯罪訴追課を率いるアレックスが見えない敵と戦う! 

 女性検事補アレックス・シリーズ第1作。おもしろい! オススメです!
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『冷笑』リンダ・フェアスタイン 平井イサク訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

"COLD HIT" Linda Fairstein ISBN:4151733531

スポイデン・ドイヴィル、オランダ語で悪魔の遺恨を意味するこの場所で、ハーレム川とハドソン川が合流し、潮の干満によって両方向に激しく流れを変える。このスポイデン・ドイヴィルではしごにくくりつけられた女性の死体が発見された。

 女性の名はデニーズ・キャクストン。美術コレクターとして名高い大富豪の3度目の若い妻で、自身も画廊を経営していた。夫婦仲は冷え切り、デニーズにはボーイフレンドが2人いた。画廊の共同経営者はとかくよくない評判が立つブライアン・ドートリー。ドートリーには猟奇的な少女殺害の疑いがかけられていた。

 さらに、画廊には、ガードナー美術館から盗まれたまま行方のわからないレンブラントやフェルメールの名画を隠匿しているのではないかという疑いまで浮かび上がってきた。デニーズを殺したのはだれ? 名画はどこに?

 鍵を握るとみられた女性からの招待を受け、チェルシーにあるロフト形式の美術館を訪れたアレックスとマーサーに、思いもかけない事態が起こる!

 女性検事補アレックス・クーパー・シリーズ第3作。息をもつかせぬ展開にドキドキしながら一気に読んだ。シリーズとしてのおもしろさや絵画についての蘊蓄も楽しめる。デニーズに共感できる要素が少ないところが惜しまれる。

 原題"COLD HIT"とは、DNAによる身元確認をいう。これにより犯人の特定が迅速かつ確実に行えるため、とりわけ性犯罪の訴追において画期的な手法といえる。
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『絶叫』リンダ・フェアスタイン 平井イサク訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

"LIKELY TO DIE"  ISBN: 4151733523

 マンハッタンの巨大病院で高名な女医がレイプされ、惨殺された。ホームレスの犯行かと思われたが、病院内では出世をめぐって熾烈な争いが繰り広げられていた。その矢先、再び同じようなレイプ殺人が起こる。女医の死の真相は? そして犯人は?

 女性検事補アレックス・クーパー・シリーズ第2作。性犯罪と戦うアレックスの奮闘ぶりやよきパートナーであるマイク・チャップマンとのかけ合い、そして手に汗握る展開と、本作もたっぷり楽しめる作品となっている。アレックスから目が離せない!
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2005年04月17日

『ゲイルズバーグの春を愛す』 ジャック・フィニィ著 福島正実訳

ハヤカワ文庫FT26 ISBN 4150200262
I LOVE GALESBURG IN THE SPRINGTIME Jack Finney

 フィニィの描く世界を何と表現すればいいのだろう。日常生活のふとしたときに訪れる不思議な瞬間――とうの昔に失われた世界、いなくなってしまった人、もう一つの世界がまるで当たり前であるかのように姿をあらわす。姿をあらわすだけではない。その世界がみずから意志を持ち、日常を変えてしまうほどの力を持つ。フィニィの描く世界では、葬り去られた過去が未来である現在にあらがい、過去に生きた人が現在に生きる人に語りかけ、1枚のコインがもう一つの世界に導く。

 ふとした瞬間に昔のことを思い出す、そんな経験はだれしもおありだろう。思い出は甘美だが、だからといって昔のことが必ずしもすべてよしとは限らない。暗くてじめついた台所、くみ取り便所、夏の湯上がりにはたかれた天花粉。叱られたときのどこにも居場所がないような心許なさ。だけど、思い出すたび、温かいものが蘇るのはなぜか。それはそこに自分を可愛がってくれる人がいたから。そこにその人がいたのはだれにも否定できない事実だから。たとえ、その人がもう、この世にいなかったとしても。

 明日とはいわない。今日の自分がどんなことに出会うかさえ人は知るよしもない。

 生きるためには前を向いて歩かなければならない。振り返ってはならない、そんな感傷は何にもならないから、自己憐憫にしかならないから。前向きに、ポジティブに。そして、それこそが正しいと多くの人は語る。昔はどうだった、こうだった、そんな後ろ向きなことを言ってはいけません。そうわたしも人には言う。だけど、前向きにポジティブに生きていくための力、それは過去から得たものではないか。だから――過去を葬り去ろうとしたとき、過去は現在に復讐する。


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2005年03月04日

"PILGRIM:A NOVEL" Timothy Findley

[書名]Pilgrim:a novel
[著者名]Timothy Findley
[発行年月日]2000
[出版社]HarperCollins Publishers
[ISBN]0-06-019197-X
[定価]$14.00
 

 四月のある朝。ピルグリムは公園で首つり自殺を図った。死亡状態と判定されたが、五時間後、彼は自発呼吸を始める。そして、シビルという名の女性と共にスイスへ療養の旅に出る。行き先はチューリヒのブルクヘルツリ病院。そこで、ピルグリムは若き日のユングと出会う。
 
 シビルがユングに託した日記の中で、ピルグリムは時を超えて生きていた。ヘンリー・ジェイムス、レオナルド・ダビンチ、オスカー・ワイルド、後に大聖女となるアビラの少女テレジア、彼ら、彼女らとの対話を軸として、ピルグリムとユング、そして彼らをめぐる人々との物語が織りなされていく。
 
 ロンドンに始まり、スイス、フィレンチェ、スペイン、そしてフランスと舞台は転々とし、時間の軸をも軽々と超えていく。次々と描かれる象徴的な場面、次々と表れる綺羅星のような人物たちに幻惑され、浮遊感さえ覚えるほどである。
 
 ピルグリムをめぐる人々の姿はそれぞれ印象的であるが、その中でもユングを一人の悩み深い人間としてとらえ、その妻エンマとの確執を細やかに描いている。 
 
 時間も空間も超えて、空中に漂っているような感じで読み終えたが、まだ、この作品を十分に味わいきっていないように思う。この作品の豊かな世界をもっと深く味わうためには、まだまだ勉強が足りないようだ。

 作者はまるで読者に謎をかけているかのようだ。読者に挑戦しているようにも感じられる。作者の挑戦を受けて立ち、謎を解き明かそうとする読者にとって、汲めども汲み尽くせない何かを感じさせる作品である。
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"THE GREAT GATSBY" F.Scott Fitzgerald 

 新たな生活を始めるため東部にやってきたニック。そんなニックが出会ったのは、どこか謎めいた男、ギャツビー。ギャツビーと、ニックのいとこデイジーとの間には何か秘密がありそうだが……。

 何不自由ない生活をしているのに、なぜかみんな寂しげな影を背負っています。でも、文章は色彩感豊かで流麗。酔ってしまいそうです。

 そして、起こった事件。その事件をめぐる人々の姿……考えさせられます。

 ギャツビーは幻を追っていたのでしょうか? 『風去り』のスカーレットのように。スカーレットにはたくましさとともに強引さと愚かさを感じましたが、ギャツビーにはなぜか愚かさを感じません。ただ、悲しくて切ないだけ……。

 何という寂寥を抱えて生きた男だったのでしょう。"great"という言葉がよけいに彼の寂しさを際だたせているように思われてしまいます。
 そんなギャツビーに寄り添うようなニック。彼の心からギャツビーの姿が消えることはないのでしょう。それはもしかしたら、あの夜、一人たたずんで遠くを見ていたギャツビーの姿なのかもしれません。

 デイジーの存在が妙にリアルに感じられました。事件の後の彼女の対応も予想どおりだったし。なぜか、こんな女性に会ったことがあるような気がしています。

 映画は見ていませんが、映像的にとても美しい小説でした。悲しい物語なのですが、空の色や海の色、空気の震えまでが心に残りそうです。

 いつまでも心が揺れるような小説でした。
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2005年01月30日

『チョコチップ・クッキーは見ていた』ジョアン・フルーク 上條ひろみ訳 

ヴィレッジブックス ISBN 4789719901

 ミネソタ州レイクエデン。もうすぐ30になろうとしているハンナ・スウェンセンは地元で人気の〈クッキー・ジャー〉オーナー。頼りになるアシスタント、19歳のリサ・ハーマンと甘いお菓子の香りに包まれて充実した毎日を送っている。家で待つのはオレンジ色の愛猫モシェ。

 悩みの種はことあるごとに結婚を持ち出す口うるさい母。父は亡くなり、妹アンドリアはウィネトカ郡保安官助手ビルと結婚して4歳になるトレーシーという娘がいる。まだ幼い末の妹ミシェルもいるが、母ドロレスの関心はもっぱらハンナに身を固めさせることにあるようだ。

 いつものように店に入ってクッキーの生地を作り、コーヒーを淹れているとリサが来た。8時にはトレーシーを連れたアンドリアまで! 不動産エージェントとして働くアンドリアは朝から見込み客を案内するため、デイケアが開くまで姉に娘を見てもらおうというのだ。アンドリアの身勝手には腹が立つが、姪かわいさで引き受けるハンナ。

 いつも決まって7時35分に乳製品を配達に来るはずの〈コウジー・カウ・デイリー〉のロンが8時15分になっても来ない。角を曲がった小路で「牛さんのトラック」が角を曲がって小路に入ったというトレイシーの言葉を聞いて様子を見に行ったハンナは、トラックのシートで射殺されたロンを発見する。手にはハンナの店のチョコチップクランチが!

 死体を発見してしまったハンナは、義弟ビルの捜査を手伝い、クッキーを手に東奔西走。ロンを殺したのはだれ? 何のために? そして、もう一つの事件が!

 クッキーのようにサクサク読めるコージー・ミステリ。警察の捜査にしては甘いんじゃないかなというところなど物足りない点は幾つかあるが、ハンナをはじめ登場人物の魅力につられて読んでしまうという感じである。

  猫派でコーヒー好き、紅茶嫌いというハンナの嗜好は、犬派でコーヒーも好きだけど紅茶も好きというわたしとは正反対なので、ここがちょっとつらいところ。だけど、肩の凝らない気楽なミステリとして楽しむにはうってつけかも。レシピがついているのもお得感がある。何かつくってみようかな?


"CHOCOLATE CHIP COOKIE MURDER" Joanne Fluke

 
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2004年12月21日

『文学刑事サーズデイ・ネクスト2 さらば、大鴉』ジャスパー・フォード 田村源二訳

"LOST IN A GOOD BOOK" Jasper Fforde ソニー・マガジンズ
ISBN: 4789723615

 前作『ジェイン・エアを探せ!』で古典文学破壊犯ヘイディーズから見事ジェインを救出し、一躍有名になった文学刑事サーズデイ・ネクスト。愛しのランデンと結婚し、幸せいっぱいかと思いきや、そうは問屋が下ろさない。

 神出鬼没の時間警備隊(クロノガード)の父は、もうすぐ地球上のすべての生命体がピンクのねばねば(スライム?)に変わり、人類は滅亡すると警告する。続いて、ランデンがこの世から消滅してしまう。ゴライアス社の陰謀により、2歳の時の事故で死んだことにされてしまったのだ。

 ゴライアス社はサーズデイに、夫を助けたければ『大鴉』の中に閉じ込めたジャック・シットを連れ出せと要求する。

 ランデンを取り戻すため、サーズデイは、ディケンズ『大いなる遺産』に登場する花嫁衣装を着たまま老いたミス・ハヴィシャムに導かれ、ブックジャンパーとしての修行を積む。

 真贋定かならぬシェイクスピアの原稿、謎の声、ピンポン大好き元気なネクストおばあちゃん、赤のクイーン、チェシャ猫、謎の女が入り乱れ、破天荒な大騒動を繰り広げる中、サーズデイは危険を顧みず『大鴉』の中に飛び込む――。

 ミス・ハヴィシャムが跳び、赤のクイーンが走る。ポターの描くフロプシーやベンジャミンまで登場、やんややんやと騒いでいるうちにあれっという感じで終わってしまう。続きはどうなるのか、気になってならない。

 題名にはポーの『大鴉』が入っているが、むしろディケンズの『大いなる遺産』のお話を知っている方が楽しめる。『大いなる遺産』は昨年ERCで長い期間をかけて読んだため、ミス・ハヴィシャムはわたしにはすっかりおなじみの人物になっている。なんせ権高で横柄なこのおばあさまのアクの強さときたら、主人公の孤児ピップを完全に食ってしまっているのだから。

 『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』『スナーク狩り』にポター全集、これらもみなERCで読んでいたので、おお、出た出たとはしゃぎながら読んでいた。

 ミステリかと問われると厳密な意味ではミステリとは言えず、むしろSFと言った方が適切かもしれない。ま、楽しめたからいいんじゃないのと言い放ってしまおう。

 原書は4巻目まで出版されているとのこと。これは原書で読む方がおもしろいかも。
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