2007年12月23日

『毒杯の囀り』 ポール・ドハティー

"THE NIGHTINGALE GALLERY"
  古賀弥生訳 創元推理文庫 2006.09.29発行 800円(税別)
 ISBN: 4488219020

《若き托鉢修道士とのんだくれ検死官が、相次ぐ不審死の真相に迫る!》

 1377年、エドワード3世が崩御し、10歳になる孫息子リチャード2世があとを継いだ。リチャードの叔父で密かに王位を狙っていたランカスター公ジョン・オブ・ゴーントは摂政に任ぜられ、不満を募らせる。不穏な雰囲気が漂うなかで、王侯相手の金貸しでもある豪商トーマス・スプリンガル卿が自室で毒殺され、執事が屋根裏で縊死しているのが発見された。

 卿の部屋の前の廊下は人が通ると歌う〈小夜鳴鳥の廊下(ナイチンゲール・ギャラリー)〉。卿の自室には鍵がかけられており、隣りの部屋に住む卿の母アーメンギルドは、事件当夜、執事がゴブレットを手にこの廊下を歩いているのを見たと証言する。執事は事件の前日、卿に厳しく叱責されているのが目撃されており、その腹いせに卿を殺害し、自分も自殺したものとされ、ドミニコ会托鉢修道士アセルスタンは国王勅任の検死官ジョン・クランストン卿とともに検死に立ち会う。翌日、トーマス卿の仲間がロンドン橋で首を吊っているのが発見され、アセルスタンとクランストンは、相次ぐ自殺に疑念を抱き、真相を解明しようとする。

 ポール・ドハティーの手による修道士アセルスタン・シリーズ第1作。景気づけと称して何かにつけ大酒を呑んでところかまわずげっぷする巨漢クランストンと、星の動きに魅了されるきまじめな青年修道士アセルスタン。正反対に見えるが、ともに心の奥に痛みを抱えた2人のやりとりは軽妙で機微にあふれている。修道士であると同時に、貧民窟サザークの教区司祭であり、クランストンの書記でもあるアセルスタンは、もつれた糸を少しずつほぐすように推理を進めていく。

 中世版フロストと呼びたくなるクランストンもまた、酔って居眠りしながらもぽつりと的を射た一言を発し、がさつな外見からは想像もできないほど鋭い観察眼を披露する。陰謀渦巻く不穏な世情と衛生事情がきわめて悪かった当時のロンドンが活写され、下水や死体の匂いまで伝わってくるようだ。物語の幕切れ近くに少年王リチャード2世がつぶやく言葉は意味深長で、王の数奇な生涯を思いめぐらしたとき、その言葉の重みがずしりと響く。

 中世英国ものを中心に数々の歴史ミステリを著し、世評は高いもののこれまで短篇しか邦訳されたことのなかったポール・ドハティーであるが、ことし3月に出版されたロジャー・シャロット・シリーズ第1作『白薔薇と鎖』に続いて本作が出版されたことは、歴史ミステリを愛するものにとって大きな喜びである。

 ヘンリー8世時代のロンドン塔を主な舞台とする『白薔薇と鎖』は強欲でしたたかなロジャー・シャロットとその主君が繰り広げる下ネタ炸裂臭気ふんぷんたる冒険物語という趣が強いが、本作では歴史が大きく動くときのエネルギーのうねりを感じながら謎解きや人間ドラマが存分に楽しめる。ともにシリーズを通して訳書が続刊されることを強く望む。

 修道士ものといえば、本メルマガ9月号のエッセーでふれたエリス・ピーターズの修道士カドフェル・シリーズがある。若干時代は前後するが、世事に長け、酸いも甘いもかみ分けたカドフェルと未亡人である美しい女性信者に心動かされる若きアセルスタン、2人の違いを読み比べてみるのも一興であろう。

 カドフェルを薫り高く清々しいハーブティーとすれば、ロジャー・シャロットは匂いは強烈だがひとたび口にするとクセになるブルーチーズ、アセルスタンはさまざまな食材を練り込み、じっくり寝かせたクリスマス・プティングのような味わいがある。

 10月にはピーター・トレメインの7世紀のアイルランドを舞台にした修道女フィデルマ・シリーズ第1作『蜘蛛の巣』が出版された。ことしは歴史ミステリファンにとって思いがけない喜びに恵まれた年といえよう。

『海外ミステリ通信』2006年11月号より一部修正して転載
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『白薔薇と鎖』ポール・ドハティ 和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ

"THE WHIYE ROSE MURDERS" Paul Doherty
ISBN: 4150017859

 ヘンリー八世治世下のロンドン。ウルジー枢機卿の甥ベンジャミン・ドーンビーに従って、ロジャー・シャロットはロンドン塔に赴く。故ジェームズ王の元侍医セルカークから重要な情報を引き出すためである。セルカークは、ジェームズ王の妃マーガレット王妃のスコットランド帰還の鍵を握り、ヨーク家を信奉する秘密結社白猪党(レ・ブラン・サングリエ)の顔ぶれも知っているとされる人物である。だが、ふたりがロンドン塔に着いた夜、セルカークは毒殺される。セルカークが遺した謎の詩を巡り、物語は海峡を超えた大事件に発展していく。

 とにかく匂う物語である。匂うというより臭い。ロンドン塔の死臭とかび臭さやらロンドンの街の臭気やら腐れ果てていく死体の匂いやらと体臭とが混じり合った匂いが充満している。そして炸裂する下ネタ! しかしそれも老いたるロジャー翁の軽妙にして洒脱な語りに聞き惚れるうち、物語の世界に引き込まれていく。

 中世版フロストとでも言おうか。いや、これはフロストを超えている。語り手ロジャー翁は女好きだけでなく強欲でしたたかだ。そんなロジャーと、飄々とはしているがひょいと鋭いところを見せるベンジャミンとの掛け合い漫才のようなやりとりがおもしろい。ヘンリー八世の娘でまだ王女だったエリザベスや若きウィル・シェエイクスピアがそこここに顔を見せるのも楽しい。

 ドハティがこんなにおもしろいとは思わなかった。というか、ドハティをおもしろいと思って読んだ自分に驚いている。(実は下ネタ好きだったりして)。9月にはアセルスタン修道士もの『毒杯の囀り』が刊行された。にぎやかな冒険活劇色の濃いロジャー・シャロットものとはひと味違い、本格推理の楽しさをも味あわせてくれるアセルスタン修道士ものも、お楽しみいただきたい。
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2006年09月22日

『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド 

『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド 駒月雅子訳 ハヤカワ・ミステリ
"ANYTHING YOU SAY CAN AND WILL BE USED AGAINST YOU" Laurie Lynn Drummond
ISBN: 4150017832

 ルイジアナ州バトンルージュ市警に勤める5人の女性警官。「伝説の女」キャサリン、交通事故で退職したリズ、父と同じ警察官となる道を選んだモナ、警官を志望していたときに胸にステーキナイフの刺さった女マージョリーと出会ったキャシー、取り返しのつかない事件を起こしてしまったサラ。

 警察機構の中で生きる5人の女たちがときには血の匂い、腐りかけた肉の匂いも漂わせながら語る10編の連作短篇集。原題はミランダ警告からとられている。バトンルージュ市警の警官だった著者が12年かけて執筆した。キャシーが語る「傷跡」は2005年MWA賞最優秀短編賞を受賞している。

 これほどまでに女性警官を生々しく描いた作品があっただろうか。殺人現場にあったブラジャーに脳のかけらがついていたという描写は一生忘れられなくなりそうだ。警官としてだけでなく、ひとりの人間として、そして女性としての彼女らに心からのエールを送らずにはいられない。
 
 家族の秘密をテーマとする2作目"THE HOUR OF TWO LIGHTS" が刊行予定とのこと。こちらも注目していきたい作家である。
 
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2006年05月30日

"THE EMPTY CHAIR" Jeffery Deaver

 Coronet Books ISBN: 0340767499

 脊髄再生手術を受けるため、リンカーン、アメリア、トムは北カロライナにある病院に向かった。手術を控えた病室に、保安官ジミー・ベルが駆け込んでくる。

 ブラック・ランディングと呼ばれる湿地でビリーという少年が殺され、女子大生メアリ・ベスが誘拐されたという。犯人とされるのは昆虫少年とあだ名される16歳のギャレット。ギャレットは5年前、交通事故で両親と妹を亡くした天涯孤独の身で養家を転々としていた。

 やむなく捜査を引き受けたライムだが、装備は旧式、保安官補らは非協力的、加えて土地勘もないライムたちはまさに「陸に上がった魚」そのもの。捜査は難航し、手がかりをつかめないまま、時間だけが過ぎていく。

 そして、また一人、若い女性が誘拐される。「昆虫少年」はどこに? 女性たちは無事に生還できるのか?

 600ページ近い作品だが、さくさく読めた。先に読んだリンカーン・ライム・シリーズ第1作『ボーン・コレクター』で背景をつかみ、短篇集を原書で読んでいたので、ディーヴァーの文体になじんでいたためかもしれない。シリーズものは第1作を読んでおくのが得策か。

 本作の舞台は、本拠地マンハッタンを離れた南部の湿地。地元の警察関係者たちとのあつれきや腹のさぐり合いが続く。リンカーンとアメリアの互いの心の揺れは読みどころのひとつといえるだろう。

 ディーヴァー十八番のドンデン返しは本作でも健在。ぐぐっと引きつけてどどっとうっちゃるお手並みは見事。ただ、あまり何度も出てくると、「あらよ!」「もう一丁!」と合いの手を入れたくなってくる。

 専門用語が頻出するが、英語そのものは平易で読みやすい。章の終わりにまるまる白紙のページがあったりするので、ページ数が稼げた(^^;)

 ドキドキハラハラあり、これでもかと言いたげなくらいのドンデン返しあり、そしてホロリと泣ける場面あり、切ない場面あり、やややりすぎ感はあるものの、さすがディーヴァーと唸りたくなる作品だった。
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"MATILDA" Roald Dahl

 A Puffin Book ISBN: 0141301066

 マチルダは超天才少女。1歳半で完璧に話し、3歳で新聞、雑誌を読み、4歳で図書館の児童書を読破し、ディケンズ、ブロンテ姉妹を読みこなす。だけど、そんなマチルダを両親はかさぶたみたいにしか思っていない。父は怪しげな中古車販売業に忙しく、母は友人たちとビンゴにふける毎日。温めただけの料理を膝においた夕食どきは、父も母も兄もテレビにくぎ付けだ。

 学校に通い始めたマチルダの担任は若くて内気なハニー先生。先生はマチルダの天才ぶりに驚き、飛び級させようとするが、校長先生に一蹴される。ハンマー投げの選手だったトランチブル校長は子ども、とりわけ小さい子どもが大嫌い。平気で子どもをブンブン振り回す。

 校長先生に無実の罪を着せられ、マチルダの怒りは爆発。すると不思議なことが――。

 理不尽な大人たちに対するマチルダの戦いぶりは痛快。賢いばかりでなく、優しさも持ち合わせたマチルダに喝采を贈りたくなる。子どもたちにとっては、申し分のないヒロインだろう。

 だが、大人の目で読むとちょっと複雑だ。校長の暴行や、マチルダに対する両親の冷淡さがひっかかり、罵り言葉に身がすくんだ。英語にこれほどたくさん罵り言葉があったとは!

 後味は悪くないけど、辛辣なお話だった。ダールは痛いけど、おもしろくて、つい読んでしまう。クセになる作家である。
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2006年01月27日

"CHARLIE AND THE CHOCOLATE FACTORY" Roald Dahl

 貧しいながら温かい家庭で育ったチャーリーはチョコレートが大好き。ある日、チョコレート工場の経営者ワンカさんが工場を見学させてくれることになったが、そのためには金色のチケットを手に入れなければならなかった。チャーリーはチケットを手に入れられるのか? チョコレート工場の謎とは?

 映画化されて話題になった作品、ダールの代表作ともされています。

 ダールはおもしろいけどブラックという評判をきいて食わず嫌いをとおしていましたが、おもしろいのなんの! もっと早く読んでいればよかった! ダールのファンになりそうです。

 痛快でそれでいてほろりとするところもあって、ちょっぴりビターなのだけど、後味はいいですね。さすがアリスとメリー・ポピンズとナーサリー・ライムズの国だなと楽しみながら読みました。

 あちこちパロディとかも入っていそうですね。どこかで見たような場面もあったりして(^^;) クウェンティン・ブレイク氏のイラストも雰囲気にピッタリ合っていて、キャロル&テニエル卿ペアに匹敵するかもという感じです。

 名前や言葉遊びがどう訳されているか気になります。新訳が話題になっていますが、辛辣な評価が出ているんですね。旧訳の中古本にすごい値段がついています。図書館にあるのは旧訳のみですが、全部貸し出し中で予約も入っていました。

 いつかダールの固め読みをしてしまいそうです。

 クリフで"BOOTLEG"を読んだこの年2005年は、"CHARLIE AND THE CHOLOLATE FACTORY"も読んで、チョコレートにも縁のある年になりました。
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2005年05月24日

『ウッドストック行最終バス』コリン・デクスター 大庭忠男訳

"LAST BUS TO WOODSTOCK" Colin Dexter
ハヤカワ・ミステリ文庫 ISBN 4150775516

 9月29日水曜日、夜7時直前。若い娘が二人、オックスフォードからウッドストックに向かうバスを待っていた。バスの遅れにじれた二人はヒッチハイクを試みる。その夜、娘の一人が無惨な死体となって発見された。娘を殺したのはだれ? もう一人の娘はどこに? テムズ・バレイ警察のモース主任警部が複雑に絡み合った謎を解きほぐしていく。

 強姦殺人かと思われるのに科学捜査に頼らず、ただ背後にある人間関係や隠された事実のみを追って推理を繰り広げていくモース警部の手法が、懐かしくもあり、また人間らしく感じられる。虚々実々あい混じり、だれの言うことを信じたらいいのか、何がほんとうで何が嘘なのか、わからなくなっていく中で、モース警部がパズルのように組み立てては壊し、組み立てては壊す推理(ときには妄想)いつしかに引き込まれていく。

 頑固で怒りっぽいモースは上司にしたくないタイプだけど、どこか憎めないものがある。独り身のモースが女性に寄せる思いはほろ苦く切ない。登場する女性たちに惹かれる。ハンサムで浮気っぽい夫を持つ妻の苦悩、仕事の面では優秀だが、不倫に走る若い娘が抱く空虚が痛々しい。

 人物たちの息づかいを感じつつ、推理の醍醐味を味あわせてくれる傑作。コリン・デクスターはわたし好みかも。
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2005年05月20日

"TWISTED: THE COLLECTED SHORT STORIES OF JEFFERY DEAVER"

Pocket Books 2004.11.01 ISBN: 0743491599

 リンカーン・ライム・シリーズで知られるジェフリー・ディーヴァーの短編集。ライムものを含め、16編が収録されている。

 さすがにドンデンがえしの名手とうならされるディーヴァーの巧みさは短編という場で一層冴えている。舞台もおなじみのアメリカ東部のみならず、南部であったり、エリザベス朝ロンドンであったりと変化に富んでいる。ぞくりとするもの、ほのぼのとしたもの、ほうっとため息をついてしまうものと、それぞれに異なる趣をたたえている。

 だが、ある程度読んでいると、先が見えてくるものもある。また、ストーカー男と女の業というのもよく出てくるような気がする。

 1話ずつ読んでいくかぎりでは十分楽しめるが、続けて読むのは、わたしにはちょっとしんどくて、一気に読むというわけにはいかなかった。

 短編集としては、わたしはイアン・ランキン『貧者の晩餐会』の方が好みであるし、よくできているように思う。


Without Jonathan
The Weekender
For Service Rendered
Beautiful
The Fall Guy
Eye to Eye
Triangle
All the World's a Stage
Gone Fishing
Nocturne
Lesser-Included Offense
The Black Card
The Christmas Present
Together
The Widow of Pine Creek
The Keeling Soldier
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2005年04月05日

『ボーン・コレクター』ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子訳 文藝春秋

"THE BONE COLLECTOR" Jeffery Deaver ISBN 4163186603

 国連平和会議を間近に控えたニューヨーク。名を告げぬ者からの通報を受けた巡査アメリア・サックスはその朝9時、アムトラックの線路脇でダイアモンドのカクテルリングのはまった指が肉を削ぎ落とされて地面から突き出ているのを発見した。「被害者が死んでいることを祈る。被害者のために」これがボーン・コレクターからの最初の挑戦状だった。

 ニューヨーク市警から捜索の指示をとるよう要請されたのは、首から下は左手の薬指しか動かせない四肢麻痺の元刑事リンカーン・ライム。科学捜査の第一人者として知られたライムは捜査の際の事故で頸椎を損傷して寝たきりとなり、ひそかに安楽死を願う身となっていた。

 ボーン・コレクターの挑戦を受けて、リンカーンは次なる事件を防ぐためすべての知力と技術を傾ける。巻き込まれた形で捜査に加わったアメリアは、リンカーンのワンマンぶりに反感を抱くが、その卓越した能力と内に秘められた孤独に気づき、リンカーンに惹かれていく。

 ボーン・コレクターからの暗号とも言えるメッセージに示された刻限が迫り、FBIは捜査を横取りしようとする。リンカーンとアメリアは被害者を救えるのか? 事件の鍵はどこに? 

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『失われし書庫』 ジョン・ダニング/宮脇孝雄訳

 ハヤカワ・ミステリ文庫/2004.12.31発行 900円(税別)
 "THE BOOKMAN'S PROMISE" John Dunning ISBN: 4151704086

《歴史の空白を埋める日誌はどこに? 失われた書庫を求めてクリフが飛ぶ!》

 1987年秋。クリフはひょんなことからミセス・ギャラントなる老婆の死に際に立ち会い、願い事を託される。それは、祖父が所蔵し、その死後詐欺同然に奪われた膨大な蔵書を取り戻すこと。その中にはバートンの署名入り初版本や日誌が含まれていた。

 ミセス・ギャラントの祖父はバートンと親交があり、新刊が出るたび、署名入りの本を送ってもらっていた。さらに、ミセス・ギャラントは驚くべきことを口にする。バートンが南北戦争のきっかけをつくったのであり、その一部始終が書庫にあった日誌に記されているというのだ。

 リチャード・バートンは19世紀に活躍した探検家であり、文筆家でもあった。彼の翻訳による『バートン版千夜一夜物語』は今も読み継がれている。バートンの生涯については詳細な伝記が著されているが、1860年に渡米後3か月間の行動は謎に包まれている。ミセス・ギャラントの祖父はその空白の3か月をバートンとともに旅し、バートンが記した日誌を生涯手元から離すことがなかった。

 ミセス・ギャラントとの約束を守るため、クリフは失われた書庫を求めて、ボルチモアへ、またチャールストンへ飛ぶ。

 古書店探偵クリフ・ジェーンウェイ・シリーズ第3作。ミセス・ギャラントが暮らしていた施設にボランティアとして通い、その身の上話を聞いた60代のココと、若き女性敏腕弁護士エリンがクリフをめぐって火花を散らす。本にまつわる蘊蓄度は前2作に比べて薄いが、歴史ミステリとしては十分楽しめる。

 3月には4作目 "THE SIGN OF THE BOOK" が出版される予定である。次作はいかなる趣向を見せてくれるのか、また、その蘊蓄の度合いが気になるところである。

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『海外ミステリ通信』2月号より転載
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2005年03月04日

"GREAT EXPECTATIONS" Charles Dickens

Oxford Bookworms Library 5 ISBN 0-19-423067-8                                 

 教会の墓地で脱獄囚につかまり、食べ物とやすりを持ってこないと心臓と肝臓をとってやると脅された夜、孤児ピップの運命は変わった。

 口うるさいが、働き者の姉、読み書きはできないが、いつもピップを温かく守ってくれる姉の夫ジョーとの暮らしは、それなりに幸せであった。

 ある日、おじに連れて行かれたミス・ハビシャムの邸宅で、ピップは養女エステラに一目惚れする。エステラは、ピップの荒れた手に軽蔑の目を向ける、高慢で冷淡な美少女だった。

 名を告げぬ者から莫大な遺産の相続することになり、村を離れ、ロンドンで贅沢な生活を送るピップは、エステラへの叶わぬ思いを抱き続けていた。そんなある日、ピップのもとを訪れたのは……。

 欲や恨みに踊らさせる人間の姿を描きつつ、真摯に生きる人々に向けるディケンズの視線は温かい。

 1800語レベルのOxford Bookworms Libraryで読んでみたが、これならぜひ原書で読みたいという気持ちをかき立てられた。
 この本の表紙は、おどろおどろしい雰囲気ではあるが、ピップとエステラ、ミス・ハビシャムの表情を巧みに表現しており、忘れがたい印象を与える。

 Penguin ReadersやOxford Bookworms Libraryなどで読んでみて、気に入ったら原書に挑戦するというのは、とてもいい方法だと思う。名作がぐっと身近に感じられること、間違いなしである。  
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"DESERT FLOWER" Waris Dirie  

 クリフの読書会で読まれていて、いいなと思った本。邦題『砂漠の女ディリー』

 ソマリアの遊牧民の娘である13才の少女ワリスは、自分の意に反して結婚させられそうになったため、家を飛び出す。飲み物も食べ物もなく、はだしで砂漠を走るワリス。目の前にはライオンが、そして、トラックでは強姦されそうになるが、おばの元を目指して、ワリスはひたすら走る、走る、走る――。

 表紙のワリスの写真が印象的。

 動物たちと暮らすノマド――遊牧民の生活や ワリスの父母のこと、一夫多妻の習わしなどに続いて、割礼circumcision、 ここでは女性の性器切除が克明に語られる。

 ジプシーの手によって施される割礼は、麻酔も消毒もなく、血のこびりついたカミソリで行われる。大量出血や感染症で亡くなることが多いのは当然のこと、ワリス自身が書くように、生き延びている方が不思議なくらいである。読んでいるだけで気絶しそうだった。こんなことが今までも行われているなんて……。

 それでも、母親は娘がちゃんと結婚できるようにという一心でこの残酷な儀礼を受けさせるのだろう。
 
 ロンドン赴任中の大使であるおじ宅でメイドとして働くワリス。休みもないのは厳しいけれど、それはソマリアでも同じだったから、さほど苦にならなかったのだろうか。学校へ行けないことがつらそうだ。

 夜ばいしてくる従兄弟。男性不信になっても仕方がないだろう。写真家に対して、ストーカーにつきまとわれているように思ってしまうのも無理ないかもしれない。

 おじたちは任期が終わり、ソマリアへ帰国することになるが、ワリスはロンドンに残り、モデルとなる。モデルとしての初仕事で、ナオミ・キャンベルと同行する。奇矯な振る舞いで名を挙げてしまった感のあるナオミだけど、このころ(16、7歳)はまだかわいかったんだ! 写真で見ると、ワリスの方が美人みたいだけど(^^;)

 モデルとして、ミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨークと、ショーを追って転々とするところ、パスポートを得るために偽装結婚(!)するところ、そしてダナとの出会いは、まるでよくできたお話みたいな気がしてしまった。だけど、これはほんとのこと。

 母との再会。国連の特別大使となったこと、FGMをなくしたいという願い――。自分にFGMを受けさせた両親をそれでも愛しているというところでは、胸がいっぱいになった。そして、生かされていることへの感謝、自分の使命……。

 パワフルで心打たれる一冊だった。女性が負わされている問題、そして、自分は何のために生かされているのか、自分なりに考えていかなくては、そういう思いを抱かせる本だった。
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『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ

 こだまともこ訳  講談社青い鳥文庫

 娘たちと図書館に行ったときに、どうしても読みたくて、児童書の棚から借りてきた本。

 実は『クリスマス・キャロル』を読むのは初めてです。ほんとは原書で読みたかったのだけど、読む時間がとれそうになかったので。

 クリスマスイブ。もうけのことしか考えていない酷薄な商人スクルージのもとに、7年前に亡くなった相棒の幽霊が訪れる。スクルージを助けるために3人の幽霊があらわれるという。過去、現在、未来を示す3人の幽霊に導かれて、スクルージが見たものは……。

 クリスマスの本当の意味を味あわせてくれる名作。

 こころ温まるクリスマスを過ごされますように♪ 2003.12
posted by 如月 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | D

2005年02月07日

『クッキング・ママは名探偵』ダイアン・デヴィッドソン 矢倉尚子訳

集英社文庫 ISBN 4087602575

 コロラド州アスペン。ゴルディことガートルード・ベアはゴルディロックス・ケータリングという名のケータリング店を営みながら11歳になる一人息子アーチを育てていた。

 アーチの担任教師だったローラ・スマイリーが自殺し、葬儀会葬者のためのケータリングを請け負ったゴルディは大忙し。別れた夫の母ヴォネット・コーマンから頼まれて同居しているパティ・スーの手も借りて会葬者がローラの自宅に到着するまでに準備を終えた。

 ローラの自宅は小ぎれいに片づき、色彩にあふれ、どこにも死の影は見当たらなかった。駄洒落が好きだったローラにも悩みがあったのだろうか……。
 
 会葬者の中には別れた夫、ジョン・リチャード・コーマンが新しい恋人を連れて来ており、その父フリッツ・コーマンも来ていた。父子ともに産婦人科医で共同で医院を開業している。

 飲み物のサービスに奔走するゴルディはうめき声を聞く。床に倒れていたのはフリッツ・コーマン。コーヒーを飲んでいて急に苦しみだしたのだ。ジョンはゴルディを犯人呼ばわりし、ケータリング業は営業停止を命じられる。危機に陥ったゴルディは、身の潔白を証するため、担当刑事トム・シュルツと協力して真相を突きとめようとする。

 気楽に読めるかと思っていたら、家庭内暴力、アルコール中毒、思春期を迎えようとする子どもの問題などが取り上げられていて予想外に重い作品だった。とりわけ思春期を迎えようとする子どもの問題は、ちょうどうちにも同じような年齢の子どもがいるというのもあって、いろいろ考えさせられてしまった。

 おもしろかったけど、おもしろいでは済まないという気持ちが残った。それに元亭主を「ゲス野郎」と連発しているのもやだなぁ。自分が「ゲス」になったような気がする。「ゲス野郎」と連発しながらも顔を合わせれば言い合いしているし、元義父母とのつき合いも密接だし、元夫の再婚相手(結局別れてるけど)と親友というのも何か妙に濃くて息が詰まりそう。

 次作を読むかどうかはもう少ししてから考えよう。

"CATERING TO NOBODY" Diane Mott Davidson
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2005年01月31日

『幻の特装本』 ジョン・ダニング 宮脇孝雄訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

"THE BOOKMAN'S WAKE" John Dunning ISBN 4151704027

 警察を辞めて古書店を営むクリフことクリフォード・ジェーンウェイのもとに元同僚のスレイターが依頼に来る。ある本を盗んで逃走している若い女性、エリノア・リグビーを連れ戻してくれば5000ドル出すという。

 その本とは、限定版専門の小さな出版社ドレイトン・プレスが1969年に出したとされるエドガー・アラン・ポー作『大鴉』の特装本だった。目録にもないその本が果たして存在するのか疑問に思いつつ引き受けたクリフはシアトルへ、ドレイトン・プレスの印刷工房があった山あいの寒村ノース・ベンドへ飛ぶ。そして、そこにはかつて起こった不可解な連続殺人事件の影が!

 世界で1冊の本をつくることにとりつかれた人々、そしてその思いを胸に生きる人々の姿を見事に描き切っている。ダリルとリチャードのドレイトン兄弟、ダリル・ドレイトンを仰ぎ見ていたガストン・リグビー、〈シアトル・タイムズ〉の記者でドレイトン兄弟の伝記著者トリッシュ・アーンダール、そして本を愛するがゆえに追われる身となったエリノア・リグビー。それぞれの思いに圧倒されたが、とりわけエリノアの存在が鮮烈である。

 そして、たっぷりとまぶされた蘊蓄に酔った。

 稀覯本にも特装本にも興味はないが、本に寄せる思いならわたしにもわかる。本好きならこの世界をたっぷり楽しめるだろう。スリリングであり、かつ人間をしっかり描いている点からもお薦めのミステリである。
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