三つ目の高校を放校された十六歳のホールデン・コールフィールドが、ニューヨークをさまよった後、妹のいる自宅に帰る――。ストーリーとしては、これだけです。
この間のホールデンの思いが、ため息をつきながらつぶやいているような文体、ちょっと皮肉っぽい眼差しで描かれています。口汚い罵りの言葉の間から、傷つきやすい柔らかな心が見え隠れしています。
ホールデンは、いかにも何不自由なく育ったぼんぼん、物をなくしても平気だし、おつりをもらい忘れる、安っぽいスーツケースなんか見るのもいや。寂しがり屋だけど、呼び出してわざわざ来てくれた人を片端から怒らせている。いやなヤツですね、こういうところは。
きょうだいに対する愛情は深く、特に、白血病のため十三歳で亡くなった弟アリー、まだ十歳の妹フィービーには一方ならぬ思い入れがあるようです。
さすらいの過程でのホールデンの言動には、やりすぎじゃないかと思うところもありますが、フィービー、そして アントリーニ先生が登場してからは、一気に読ませます。
回転木馬のシーンは、つらくなるほど切なく心に残ります。
人との距離をうまくとれないもどかしさ、じれったさ。それでも、なお……。思春期だけではなく、年経てからもこんな思いを抱く人は少なくないでしょう。
この作品からは、死の匂いが濃厚に漂ってきます。そして、喪失。何かを失うこと。無垢な自分を失うこと。世の中との、また、人との関わりをなくしていくこと。
うまくは言えませんが――この作品が読まれてきた理由が少しわかってきたような気がします。
訳書は野崎孝氏訳と、今話題になっている村上春樹氏訳。関連書もいろいろあります。さまざまな視点から読み解いていくことができるというところが、この本の魅力かもしれません。
2005年03月04日
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