舞台は1940年代初頭、ブロードウェイ。 ウォンダ・モーリー主演の戯曲『フェドーラ』初演の夜。精神分析学者ベイジル・ウィリングはウォンダの招待を受けて劇場へ出かける。第一幕の終わりに劇中で亡くなる役柄の俳優が殺されているのが見つかった。殺された俳優の身元は不明。凶器は芝居に使われるはずだったメス。なぜか、メスの柄にしつこく蝿がつきまとう。
容疑者とされるのは、上演時、密室とも言える舞台にいた3人の俳優と上演直前に楽屋にいるのを見られた女性の4名。そして、ウィリングは上演前に裏階段で黒い人影を見ていた。
一方、劇場の隣の刃物研ぎ屋で奇妙な事件が起こっていた。夜、何者かが侵入したが、なくなったものはなく、鳥かごの中にいたカナリアが放されていただけだった。
精神分析学者ベイジル・ウィリングの推理はいかに!
クラシカルな雰囲気の中で演劇の世界に生きる人々の姿が活写されている。重厚で精緻な構成の本格派推理小説。暑さにとろけきった脳ミソがぎゅんぎゅん引き絞られていく。気楽に読めるミステリもいいけど、たまにはこんな「まさに推理小説!」を読みたいものだ。
冒頭に蝿とカナリアが手がかりになることが明記されているが、犯人とのつながりが全く見えてこなかった。色彩に詳しい方なら、かなり早いうちに犯人を特定できるとのことだが、わたしにはわからなかった。
色彩の使い方が見事である。ステージでの衣装はもとより、楽屋着や自宅でのくつろいだ姿から、各自の性格を示唆している。そして、ページを置いたあとまで、暗い背景を背にして飛ぶカナリアの黄色がくっきりと印象に刻まれる。
精神分析学者であるウィリングが心理面から推論していく場面は圧巻であり、そうだったのか、と感心してばかりだった。してやられた気持ちよさを満喫している。
ミステリらしいミステリを堪能した満足感でいっぱいである。しばらく、ミステリは読まなくてもいいような気がするくらい。すぐにまた、読みたい本が待機しているのだけど、ちょっと待っていてもらおうと思っている。しばらく、この満足感にひたっていたい。