クリス・ボジャリアン/高山祥子訳(「高」は旧字体)
創元推理文庫/2004.05.28発行 1000円(税別)
ISBN: 4488248020
助産婦は死んだ産婦の腹から赤ん坊を取りあげた――が、産婦は生きていた?
1981年、カナダ国境に近いヴァーモント州の小さな町。自宅の寝室で出産の時を迎えようとしていた牧師の妻の呼吸が止まった。外は吹雪、道路は凍結し、電話も通じない。介助していた無認可助産婦シビルは必死で産婦に蘇生術を施すが、息を吹き返す気配はない。胎児だけでも助けたい一心でシビルは助産婦には禁じられている帝王切開を行い、元気な男の子がこの世に生まれ出た。だが、シビルは殺人罪で起訴される。生きた産婦に麻酔もかけずに帝王切開を施し、死に至らしめたというのだ。
出産は自然の営みであるが、ひとたび不測の事態が起これば母子ともに命を落としかねない。私事ではあるが、末っ子妊娠中、わたしは自宅分娩を夢見ていた。だが、その夢は妊娠中毒症のため入院を余儀なくされ、あえなくついえた。幼い2人の子どもをわたしの実父母に託しての入院生活であり、子どもたちのそばにいたくてたまらず「帰りたい」と懇願したとき、病棟の看護婦長さんから「子どもを残して死にたいの!」と激しく叱責された。わたしの症状はかなり重かったため、万が一自宅で子癇発作が起これば、母子ともに生命の危機に立たされる危険性があったからである。
それゆえ医師たちは危険性を回避するためとして病院での出産を勧める。彼らにとって、家庭での出産を尊いとする無認可助産婦は排除すべき存在でしかない。シビルの裁判はシビル個人のみならず、無認可助産婦に対する医療側からの攻撃であった。
裁判の争点は「シビルがナイフを入れたときに産婦は生きていたか否か」の1点に絞られる。シビルの助手はナイフを入れたとき、産婦の身体から血が噴き出たと証言する。産婦の心臓はまだ動いていたのか。助産婦はいつ産婦の異変に気づき、どう対処したのか。そもそも産婦は家庭での出産に耐えられる健康状態だったのか。それぞれの証人の目から見た「事実」が細やかに描き出され、積み上げられていく。シビルを罪に問おうとする州検察官、家庭での出産をよしとしない産科医、シビルを無実とする証拠を探して奔走する女性私立探偵、シビルに心を寄せる担当弁護士、それぞれの思惑が法廷で絡み合い、読者もまた、固唾をのんで裁判を見守らずにはいられなくなる。
物語の語り手はシビルの一人娘、コニー。思春期の少女らしい張りつめたトーンで、コニーは母の裁判を語る。章の初めに挟み込まれたシビルの日記とあいまって、助産婦として自宅での出産を介助することを何よりの喜びとし、誇りとしていた1人の女性の真摯な生き方、そして、母の生き方をまっすぐに見つめる娘との温かく、確かな絆が伝わってくる。
『助産婦が裁かれるとき』はボジャリアンの5作目の小説。〈オプラズ・ブック・クラブ〉で取り上げられ、注目を浴びた作品である。出産や医療のあり方を考えさせる、読みごたえのある佳編である。
◇アマゾン・ジャパンへ
◇bk1へ
『海外ミステリ通信』7月号掲載分に加筆し、修正しました。

