父母の故郷である新田では、母方の祖父で、かつて高校野球の監督としてその人ありと知られた井岡洋三と同居することになっていた。祖父は地元の新田高校を何度も甲子園へ送り出していた。
ランニング中、道に迷った巧は、体格のいい同い年の少年、永倉豪に出会う。少年野球チームのキャッチャーだった豪は、巧の試合を見たことがあった。豪は巧をキャッチボールに誘う。
この作品が高く評価されているのは知っていたが、読んだのはつい最近である。高校生の息子の読書感想文課題本リストに載っていたので、とりあえず購入し、息子に読ませてみたら、おもしろかったらしく、4巻まで一気に読んでしまった。
著者自身があとがきに書いているように「未熟で稚拙な作品」ではある。ときに言い回しがたどたどしく、こなれていない感じが否めない。にもかかわらず、多くの読者を惹きつけるのは、物語に人の心を揺り動かす力があるからではないかと思う。登場する人物たちに、自分を重ね合わせ、嫌悪し、憧れ、愛おしく思う。読者の中に何かをかき立てる力がとても強いのだ。
中学時代のわたしは何を考え、どう感じながら生きていたのだろう。そして、母親としてのわたしは、子どもにどう接しているのだろう。
「自信家」とされる巧だが、わたしには、人並み以上の才能を持ちながら居場所を持てずにあがいているようにしか思えなかった。ほんとうに自信があるならば、これほど尖った言動はとらないだろう。強気の顔の内側にある脆さが痛々しい。
巧の母、豪の母の言動は痛かった。子どものことを誰よりも知り、思っているつもりでも、知らず知らずのうちに、子どもを自分のわくにはめようとしていないか。複数の子どもを平等に愛せるのか。
豪は、中学に入る直前の男の子にしては、気配りが効き過ぎるように見える。これくらいの子だと、本人は気をつかっているつもりでもどこかピントがずれていたり、自分のことに夢中になったり、落ち込んだりしたら、周りのことなど見えなくなるものだけど、豪にはそういう面はあまりないようだ。ちょっとできすぎかとも思うが、巧が俺様なだけに、青波を気遣う豪に心が温まる。
巧と豪はどんなバッテリーを組んでいくのか。祖父とはどんな関係を築いていくのか、青波はどんな男の子に育っていくのか。物語はまだ、始まったばかりである。
「いろんな人がいたけど、やっぱり、いるのよね。野球をするために生まれてきたような人。そんな人は、他人に憧れたりしないの。誰かに憧れて、同じように野球をしたいなんて思ってる人はだめよ。いつか、だめになる。自分の野球に憧れることができる人、自分を誰よりも優れていると思える人じゃないとだめなの」193p

