創元推理文庫/2008.06.27/1300円(税別)
ISBN: 9784488153090
11月の深夜、ビルは警察からの電話でたたき起こされた。窃盗容疑で逮捕された少年が、ビルの知り合いだと話したという。署に赴いたビルを待っていたのは、長らく疎遠になっている妹ヘレンの息子のゲイリーだった。ビルはゲイリーを自宅に引き取って食事をとらせ、事情を訊こうとするが、ゲイリーの返事は「やるべきことがある」の一点張りで要領を得ない。ビルが目を離したすきにゲイリーは寝室の窓を破って逃亡し、姿をくらませる。
妹一家が住んでいるのは、アメフトの盛んなワレンズタウンという閑静な住宅街だった。ヘレンの夫スコットはビルを嫌っており、訪ねてきたビルに悪口雑言を浴びせる。それでも、ゲイリーを連れ戻したい一心でその足取りをたどるビルは、めちゃくちゃに荒らされた家で少女の遺体を発見する。
フットボールが最優先される町の異様さ、その町で暮らす息苦しさ、翻弄される人々の姿、そこから生じた悲劇が重苦しく残る。そして、本作では、ゲーリーの行方を求める過程で、ビルの過去が少しずつ明かされていく。その過去は、これまでの作品から予想されるように、思い出したいものではなかった。過去に直面する苦しさでピアノも弾けなくなるビルの姿を見るのは、ビルびいきの読者にとってもつらいものであるに違いない。
結末もまた、どうにもならないやりきれなさを残すものであった。ただ、そこに一筋、ほんの一筋の光がさしていることが救いであり、その光があるからこそ、本シリーズが忘れられない存在になるのだろう。2003年度MWA賞最優秀長編賞受賞作。
2008年11月30日
『チャイルド44(上)(下)』トム・ロブ・スミス
田口俊樹訳/新潮文庫
"CHILD44" Tom Rob Smith
ISBN: 9784102169315 9784102169322 705円(税別)、667円(税別)
スターリン体制下のソ連。国家保安省の捜査官レオ・デミドフは、ある事件をきっかけに、モスクワから遠く離れた寒村の民警に追放される。その地でレオは子どもの惨殺死体に遭遇し、かつてモスクワで事故と断定した部下の子どもの死体と共通した特徴が残されているのに気づく。同一犯による連続殺人か?
だが、「犯罪は資本主義国家でしか起こらない」とする当時の体制下では、このような疑いを持つのは反逆に値する罪であり、ろくに捜査もされないまま、国家にとって「不要」とされた人々が次々罪を着せられ、処刑されていった。やがて、その手は、事件の真相を追うレオに伸びる。
物語はウクライナの飢えた寒村に始まり、スターリン体制下の息が詰まるような閉塞した社会とそこに生きる人々の姿が描かれる。陰惨な事件が続くなかに挟み込まれる幼い兄弟や姉妹の姿は懐かしさを誘い、切なく心に刻まれる。
なじみのない状況を舞台としながらも一気に読ませる勢いがあり、深く心を揺り動かされる。社会状況、人物造形、物語の展開、どれをとっても非の打ちどころのない作品だ。サスペンスとして、ミステリとして、冒険小説として、また人間と社会を描いた物語としても一級の作品と言える。本作は著者のデビュー作であり、CWA賞イアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞している。訳者あとがきによると第2作が既に完成したとのこと、一日でも早い翻訳を望む。
若き才能に祝杯を上げたい。
"CHILD44" Tom Rob Smith
ISBN: 9784102169315 9784102169322 705円(税別)、667円(税別)
スターリン体制下のソ連。国家保安省の捜査官レオ・デミドフは、ある事件をきっかけに、モスクワから遠く離れた寒村の民警に追放される。その地でレオは子どもの惨殺死体に遭遇し、かつてモスクワで事故と断定した部下の子どもの死体と共通した特徴が残されているのに気づく。同一犯による連続殺人か?
だが、「犯罪は資本主義国家でしか起こらない」とする当時の体制下では、このような疑いを持つのは反逆に値する罪であり、ろくに捜査もされないまま、国家にとって「不要」とされた人々が次々罪を着せられ、処刑されていった。やがて、その手は、事件の真相を追うレオに伸びる。
物語はウクライナの飢えた寒村に始まり、スターリン体制下の息が詰まるような閉塞した社会とそこに生きる人々の姿が描かれる。陰惨な事件が続くなかに挟み込まれる幼い兄弟や姉妹の姿は懐かしさを誘い、切なく心に刻まれる。
なじみのない状況を舞台としながらも一気に読ませる勢いがあり、深く心を揺り動かされる。社会状況、人物造形、物語の展開、どれをとっても非の打ちどころのない作品だ。サスペンスとして、ミステリとして、冒険小説として、また人間と社会を描いた物語としても一級の作品と言える。本作は著者のデビュー作であり、CWA賞イアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞している。訳者あとがきによると第2作が既に完成したとのこと、一日でも早い翻訳を望む。
若き才能に祝杯を上げたい。
『ガサガサ・ガール』ナオミ・ヒラハラ/富永和子訳
小学館文庫/2008.02.10/ISBN: 9784094081985/695円(税別)
カリフォルニア州アルタディーナに住む庭師マス・アライは、生まれはアメリカだが、日本で育ったキベイ(帰米)であり、ヒロシマに原爆が落とされたとき爆心地のすぐ近くにいたヒバクシャでもある。1947年にアメリカに戻って日系人のチズコと結婚し、生まれた一人娘マリは、幼いころから少しもじっとしていないガサガサ娘だった。コロンビア大学を卒業したマリは白人の庭師ロイドと結婚し、幼い息子タケオと3人、ブルックリンの地下にあるアパートで暮らしていた。タケオは病弱で入退院を繰り返していた。
ある日、マリがマスに助けを求める電話をかけてきた。ニューヨークに飛んだマスは、ロイドからマリとタケオが行方不明だと知らされる。マリとロイドの勤務先であるワックスリー邸を訪れたタケオは、日本庭園の池で遺体を発見する。それは、ワックスリー邸の所有者でマリたちの雇い主でもあるカジー・オーウチの遺体だった。警察は、行方のしれないマリを容疑者として追う。娘にかけられた疑いを晴らすため、マスは関係者の身辺を探りはじめる。
日系アメリカ人作家ナオミ・ヒラハラによる日系人庭師マス・アライを主人公としたミステリの第1作。同シリーズ『スネークスキン三味線』("SNAKESKIN SHAMISEN")で2007年MWA賞ペーパーバック賞を受賞している。
マリとマスの親子を軸に、さまざまな背景を持つ人物が生き生きと描かれている。ガサガサ・ガールだったマリには共感するところがあり、無骨だが娘思いのマスには父の面影が重なる。日系人社会の描写には、日本人でありながら知らないことがいかに多いか、痛感させられた。真相を追う過程は、とても楽しめた。
読み応えがあり、一気に読ませるミステリであるが、マリとマスの関わり方が自分と父とを思い起こさせるせいか、ヒロシマのことを知らないわけでもないせいか、読んでいて、いたたまれなくなるときがあった。距離感がとりにくいといえばいいのだろうか。まったく知らない世界ではないというのは、かえってしんどくなるのかもしれない。『スネークスキン三味線』も手もとにあるが、少し時間をあけてから読もうと思う。
カリフォルニア州アルタディーナに住む庭師マス・アライは、生まれはアメリカだが、日本で育ったキベイ(帰米)であり、ヒロシマに原爆が落とされたとき爆心地のすぐ近くにいたヒバクシャでもある。1947年にアメリカに戻って日系人のチズコと結婚し、生まれた一人娘マリは、幼いころから少しもじっとしていないガサガサ娘だった。コロンビア大学を卒業したマリは白人の庭師ロイドと結婚し、幼い息子タケオと3人、ブルックリンの地下にあるアパートで暮らしていた。タケオは病弱で入退院を繰り返していた。
ある日、マリがマスに助けを求める電話をかけてきた。ニューヨークに飛んだマスは、ロイドからマリとタケオが行方不明だと知らされる。マリとロイドの勤務先であるワックスリー邸を訪れたタケオは、日本庭園の池で遺体を発見する。それは、ワックスリー邸の所有者でマリたちの雇い主でもあるカジー・オーウチの遺体だった。警察は、行方のしれないマリを容疑者として追う。娘にかけられた疑いを晴らすため、マスは関係者の身辺を探りはじめる。
日系アメリカ人作家ナオミ・ヒラハラによる日系人庭師マス・アライを主人公としたミステリの第1作。同シリーズ『スネークスキン三味線』("SNAKESKIN SHAMISEN")で2007年MWA賞ペーパーバック賞を受賞している。
マリとマスの親子を軸に、さまざまな背景を持つ人物が生き生きと描かれている。ガサガサ・ガールだったマリには共感するところがあり、無骨だが娘思いのマスには父の面影が重なる。日系人社会の描写には、日本人でありながら知らないことがいかに多いか、痛感させられた。真相を追う過程は、とても楽しめた。
読み応えがあり、一気に読ませるミステリであるが、マリとマスの関わり方が自分と父とを思い起こさせるせいか、ヒロシマのことを知らないわけでもないせいか、読んでいて、いたたまれなくなるときがあった。距離感がとりにくいといえばいいのだろうか。まったく知らない世界ではないというのは、かえってしんどくなるのかもしれない。『スネークスキン三味線』も手もとにあるが、少し時間をあけてから読もうと思う。
『E・S・ガードナーへの手紙』スーザン・カンデル
Susan Kandel/青木純子訳/創元推理文庫/2008.5.23
離婚の際の財産分与で買ったウエスト・ハリウッドの小住宅に暮らすヴィンテージファッションマニアでライターのシシー。ミステリ作家の伝記を専門とするシシーが今取り組んでいるのは、ペリー・メイスンの生みの親、アール・スタンリー・ガードナー。
弁護士としてのガードナーが残した資料のなかに、シシーは〈要追跡調査〉と書かれたメモを見つけた。それは、妻殺しの罪で服役中の囚人、ジョセフ・アルバッコからの手紙に添付されていた。その手紙に切迫した思いを感じたシシーは、アルバッコとの面会を求める。
ヒロインがヴィンテージファッションマニアときいて、わたしには縁のない世界だと決め込んでいたが、読んでみるとぐいぐい引き込まれた。アルバッコの冤罪を確信し、真相を突き止めようとするシシーは、いささか意固地で無鉄砲なところもあるが、知的で真摯だ。親友ラエル、娘アニーとその夫ヴィンセントとのやりとりは軽妙洒脱ななかにぴりっとしたものを感じさせる。
ファッションに関することはちんぷんかんぷんだし、恥ずかしながらガードナーの作品を読んだこともないけれど、とても楽しんで読めた。ガードナーの作品を読んだことのある方なら、もっと楽しめるだろう。結末の安直さが気になるが、一気に読ませる作品である。シシーのこれからの活躍が楽しみだ。
離婚の際の財産分与で買ったウエスト・ハリウッドの小住宅に暮らすヴィンテージファッションマニアでライターのシシー。ミステリ作家の伝記を専門とするシシーが今取り組んでいるのは、ペリー・メイスンの生みの親、アール・スタンリー・ガードナー。
弁護士としてのガードナーが残した資料のなかに、シシーは〈要追跡調査〉と書かれたメモを見つけた。それは、妻殺しの罪で服役中の囚人、ジョセフ・アルバッコからの手紙に添付されていた。その手紙に切迫した思いを感じたシシーは、アルバッコとの面会を求める。
ヒロインがヴィンテージファッションマニアときいて、わたしには縁のない世界だと決め込んでいたが、読んでみるとぐいぐい引き込まれた。アルバッコの冤罪を確信し、真相を突き止めようとするシシーは、いささか意固地で無鉄砲なところもあるが、知的で真摯だ。親友ラエル、娘アニーとその夫ヴィンセントとのやりとりは軽妙洒脱ななかにぴりっとしたものを感じさせる。
ファッションに関することはちんぷんかんぷんだし、恥ずかしながらガードナーの作品を読んだこともないけれど、とても楽しんで読めた。ガードナーの作品を読んだことのある方なら、もっと楽しめるだろう。結末の安直さが気になるが、一気に読ませる作品である。シシーのこれからの活躍が楽しみだ。
『教会の悪魔』ポール・ドハティ
和邇桃子訳/ハヤカワ・ミステリ/2008.04.15/1100円(税別)
エドワード1世統治下のイングランド。王座裁判所書記のヒュー・コルベットは、妻子をペストで亡くした痛みから立ち直れずにいた。失意に沈むヒューに課せられた任務は、国王の密偵として、王の居住するウェストミンスター宮殿に近い聖メアリ・ル・ボウ教会で起こった自殺沙汰を調査すること。関係者の身辺を探り始めたヒューは、何者かに襲われる。自殺か他殺か。そして、その影にあるものは?
国王の密偵ヒュー・コルベット・シリーズ第1作。オカルトぽい雰囲気がうまく活かされている。第1作だからというのもあるだろうが、先に出されたロジャー・シャーロット・シリーズ『白薔薇と鎖』、修道士アセルスタン・シリーズ『赤き死の訪れ』等と比較すると、やや物足りなさが残る。本シリーズの原書は、2008年4月時点で15作出されている。次作以降に期待したい。
エドワード1世統治下のイングランド。王座裁判所書記のヒュー・コルベットは、妻子をペストで亡くした痛みから立ち直れずにいた。失意に沈むヒューに課せられた任務は、国王の密偵として、王の居住するウェストミンスター宮殿に近い聖メアリ・ル・ボウ教会で起こった自殺沙汰を調査すること。関係者の身辺を探り始めたヒューは、何者かに襲われる。自殺か他殺か。そして、その影にあるものは?
国王の密偵ヒュー・コルベット・シリーズ第1作。オカルトぽい雰囲気がうまく活かされている。第1作だからというのもあるだろうが、先に出されたロジャー・シャーロット・シリーズ『白薔薇と鎖』、修道士アセルスタン・シリーズ『赤き死の訪れ』等と比較すると、やや物足りなさが残る。本シリーズの原書は、2008年4月時点で15作出されている。次作以降に期待したい。
『絞首人の手伝い』ヘイク・タルボット
森英俊訳/ハヤカワ・ミステリ/2008.05.10
カロライナ沖にある岩だらけの孤島クラーケン島。その所有者であるジャック・フラントは13人でテーブルを囲むべく12人の客を招待していた。そのなかには、異父弟で爵位を持つエヴァン・テスリン卿、女優ナンシー・ガーウッド、弁護士アーノルド・メイクピースとその姉ジュリア、その甥ボビー・チャタートン、医師スターリング・ブラクストンとその孫娘スー、そして賭博師ローガン・キンケイドがいた。
海が荒れて遅れてきたローガンが着いたとき、島は異様な静けさに包まれていた。その夜の夕食会で、テスリン卿に呪いの言葉をかけられたフラントが絶命し、死後数時間もたたないうちに腐乱してしまったのだ。さらに、ローガンが密室でぬるぬるしたものに首を絞められるという事件まで起こる。怪我を負いながらもローガンは、島に乗り込んだドーセイ部長刑事、事件をかぎつけたタブロイト紙記者ダン・コリンズらとともに、事件の真相を推理する。
おどろおどろしげな嵐の孤島、いわくありげな呪い、それを裏づけるかのような事件、と、引き込まれる舞台設定である。登場する人物もそれぞれ個性的であり、互いの関係性も巧みに描かれている。なかでも精彩を放つのは、正体不明のなにものかに襲われながらも、勇敢でみごとな推理が冴える賭博師ローガンである。
訳者あとがきには、本作がローガン・キンケイドものの第1作であり、第3作は散逸したため、長編は本作の他に第2作『魔の淵』の2作品しか読めないとのこと、その散逸が惜しまれるが、今手に入る2作をたっぷり楽しみたい。
カロライナ沖にある岩だらけの孤島クラーケン島。その所有者であるジャック・フラントは13人でテーブルを囲むべく12人の客を招待していた。そのなかには、異父弟で爵位を持つエヴァン・テスリン卿、女優ナンシー・ガーウッド、弁護士アーノルド・メイクピースとその姉ジュリア、その甥ボビー・チャタートン、医師スターリング・ブラクストンとその孫娘スー、そして賭博師ローガン・キンケイドがいた。
海が荒れて遅れてきたローガンが着いたとき、島は異様な静けさに包まれていた。その夜の夕食会で、テスリン卿に呪いの言葉をかけられたフラントが絶命し、死後数時間もたたないうちに腐乱してしまったのだ。さらに、ローガンが密室でぬるぬるしたものに首を絞められるという事件まで起こる。怪我を負いながらもローガンは、島に乗り込んだドーセイ部長刑事、事件をかぎつけたタブロイト紙記者ダン・コリンズらとともに、事件の真相を推理する。
おどろおどろしげな嵐の孤島、いわくありげな呪い、それを裏づけるかのような事件、と、引き込まれる舞台設定である。登場する人物もそれぞれ個性的であり、互いの関係性も巧みに描かれている。なかでも精彩を放つのは、正体不明のなにものかに襲われながらも、勇敢でみごとな推理が冴える賭博師ローガンである。
訳者あとがきには、本作がローガン・キンケイドものの第1作であり、第3作は散逸したため、長編は本作の他に第2作『魔の淵』の2作品しか読めないとのこと、その散逸が惜しまれるが、今手に入る2作をたっぷり楽しみたい。
『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』ギリバート・アデア
松本依子訳/ハヤカワミステリ/2008.01.15 1200円(税別)
1935年、ダートムア。ボクシング・デイの朝、フォークス大佐邸の施錠された屋根裏で、ゴシップ専門コラムニスト、レイモンド(レイ)・ジェントリーの遺体が発見された。レイは大佐の娘セリーナの恋人で、前夜、セリーナのアメリカ人の友人ドナルド(ドン)・ダックワースとともに、フォークス邸に来ていた。フォークス邸では、クリスマスを祝って、フォークス夫妻の友人が多数集っており、その中には推理作家のイヴァドニ・マウント、女優コーラ・ラザフォード、地元の開業医ロルフ夫妻やクレム牧師夫妻がいた。
招かれざる客であったレイは、他の客たちの秘密を知っているような思わせぶりな発言を繰り返し、他の客をいら立たせていた。いら立ちが抑えきれなくなった矢先に事件が起こり、屋敷は不穏な雰囲気に包まれた。嵐に閉ざされた中で白羽の矢が立てられたのは、スコットランド・ヤードを引退して越してきた元警官のトラブショウ。屋敷に着いたトラブショウは、関係者ひとりひとりに事情を訊く。そして、明らかにされた事実とは――。
閉ざされた屋敷の密室で起こった殺人事件。ひとりひとり話を聞く中で、それぞれが抱えている過去の苦しみや痛みが明らかにされるという過程には既視感がある。若島正氏の解説によると、著者は本書の執筆前にクリスティの全作品を通読し、67冊目のクリスティ針の作品を書こうとしたとのこと。黄金期本格ミステリへのオマージュであり、パロディとも言える。クリスティの作品を読み込んだ方なら、うなずきつつ楽しんで読めそうだ。
1935年、ダートムア。ボクシング・デイの朝、フォークス大佐邸の施錠された屋根裏で、ゴシップ専門コラムニスト、レイモンド(レイ)・ジェントリーの遺体が発見された。レイは大佐の娘セリーナの恋人で、前夜、セリーナのアメリカ人の友人ドナルド(ドン)・ダックワースとともに、フォークス邸に来ていた。フォークス邸では、クリスマスを祝って、フォークス夫妻の友人が多数集っており、その中には推理作家のイヴァドニ・マウント、女優コーラ・ラザフォード、地元の開業医ロルフ夫妻やクレム牧師夫妻がいた。
招かれざる客であったレイは、他の客たちの秘密を知っているような思わせぶりな発言を繰り返し、他の客をいら立たせていた。いら立ちが抑えきれなくなった矢先に事件が起こり、屋敷は不穏な雰囲気に包まれた。嵐に閉ざされた中で白羽の矢が立てられたのは、スコットランド・ヤードを引退して越してきた元警官のトラブショウ。屋敷に着いたトラブショウは、関係者ひとりひとりに事情を訊く。そして、明らかにされた事実とは――。
閉ざされた屋敷の密室で起こった殺人事件。ひとりひとり話を聞く中で、それぞれが抱えている過去の苦しみや痛みが明らかにされるという過程には既視感がある。若島正氏の解説によると、著者は本書の執筆前にクリスティの全作品を通読し、67冊目のクリスティ針の作品を書こうとしたとのこと。黄金期本格ミステリへのオマージュであり、パロディとも言える。クリスティの作品を読み込んだ方なら、うなずきつつ楽しんで読めそうだ。
『桃のデザートには隠し味』リヴィア・J・ウォッシュバーン/赤尾秀子訳
"A PEACH OF A MURDER" Livia J.Washburn
ランダムハウス講談社/2007.12.1発行/ISBN: 9784270101438
桃の名産地として名高いテキサス州ウェザーフォード。引退した歴史教師フィリスは、亡き夫と過ごした思い出深い家を手放せず、我が家を開放して自分と同じく引退した教師、マティ、キャロリン、イヴと暮らしていた。
副保安官となった息子マイクとその妻子ともいい関係を保っているフィリスにとって目下の課題は、桃を使ったレシピを考えることだった。町では毎年、桃を使った料理のコンテストが行われており、フィリスは今年こそ優勝したかったのだ。
だが、コンテスト当日、審査員長のドニーがフィリスのつくったピーチコブラーを試食した直後に倒れ、そのまま息を引き取った。真相を突きとめようと、フィリスは調査に取りかかる。
桃の香りに包まれた甘ったるいコージーかと思いきや、ぴりっとした苦みのきいたミステリだった。 個性豊かな元教師たちが集う下宿という設定がおもしろく、フィリスと息子との絆に心が温まる。
フィリスの下宿に新しく加わった唯一の男性サムとの関わりがどうなるか、気になる。第2作『かぼちゃケーキを切る前に』もおもしろかった。楽しみなシリーズがまた一つ増えた。
ランダムハウス講談社/2007.12.1発行/ISBN: 9784270101438
桃の名産地として名高いテキサス州ウェザーフォード。引退した歴史教師フィリスは、亡き夫と過ごした思い出深い家を手放せず、我が家を開放して自分と同じく引退した教師、マティ、キャロリン、イヴと暮らしていた。
副保安官となった息子マイクとその妻子ともいい関係を保っているフィリスにとって目下の課題は、桃を使ったレシピを考えることだった。町では毎年、桃を使った料理のコンテストが行われており、フィリスは今年こそ優勝したかったのだ。
だが、コンテスト当日、審査員長のドニーがフィリスのつくったピーチコブラーを試食した直後に倒れ、そのまま息を引き取った。真相を突きとめようと、フィリスは調査に取りかかる。
桃の香りに包まれた甘ったるいコージーかと思いきや、ぴりっとした苦みのきいたミステリだった。 個性豊かな元教師たちが集う下宿という設定がおもしろく、フィリスと息子との絆に心が温まる。
フィリスの下宿に新しく加わった唯一の男性サムとの関わりがどうなるか、気になる。第2作『かぼちゃケーキを切る前に』もおもしろかった。楽しみなシリーズがまた一つ増えた。
『聞いてないとは言わせない』ジェイムズ・リーズナー/田村義進訳/早川書房
"DUST DEVILS" James Reasoner
ISBN: 9784151777516 2008.06.15 680円(税別)
熱気が立ち上るテキサスの夏。ヒッチハイクで、ハイウェイから少し外れた農場にやってきたトビーは、その家にひとりで住むグレース・ハリガンに、使用人として雇ってくれと申し出る。どこのだれとも知れぬトビーに警戒の念を抱きつつ、いつしかグレースとトビーは惹かれ合う。平穏な日々は唐突に終わり、怒濤の日々が始まる――。
メルマガのレビューを読み、おもしろそうだと思ったものの自分には合わないと決め込んでいたが、いざ手に取ると、まさに一気呵成の勢いだった。人が死にすぎるきらいはあるが、なぜか読後は爽快だ。すさまじい銃撃戦の最中にあっても犬の世話を怠らないところが、犬好きには嬉しい。『聞いてないとは言わせない』という意味深長な邦題がうまい。
ISBN: 9784151777516 2008.06.15 680円(税別)
熱気が立ち上るテキサスの夏。ヒッチハイクで、ハイウェイから少し外れた農場にやってきたトビーは、その家にひとりで住むグレース・ハリガンに、使用人として雇ってくれと申し出る。どこのだれとも知れぬトビーに警戒の念を抱きつつ、いつしかグレースとトビーは惹かれ合う。平穏な日々は唐突に終わり、怒濤の日々が始まる――。
メルマガのレビューを読み、おもしろそうだと思ったものの自分には合わないと決め込んでいたが、いざ手に取ると、まさに一気呵成の勢いだった。人が死にすぎるきらいはあるが、なぜか読後は爽快だ。すさまじい銃撃戦の最中にあっても犬の世話を怠らないところが、犬好きには嬉しい。『聞いてないとは言わせない』という意味深長な邦題がうまい。
2008年02月28日
『大きな熊が来る前に、おやすみ。』岸本理生 新潮社
ためらいがちに新しい恋に踏み出そうとしたとき、わたしの心に浮かんだ思い、それは……。心の奥深くで今もうずく傷、傷つきたくない、自分を守りたいという気持ちが強すぎて、自分の殻に閉じこもったり、相手を傷つけたりしてしまうこと、それでもぬくもりを求める心。
自分の中にも、そんな気持ちがある。この中にわたしがいる。
そして、この子たちにこう言ってやりたい。何もそんな「イタイ」思いを抱え込むことはないんだよ。好きなように生きていいんだよと。けれど、それは彼女たちも、頭ではよく分かっているのだろう。分かっているけど、こんなふうにしか生きられない、そんな声が聞こえてきそう。
一言だけ付け加えさせてほしい。そんな痛さを抱えながら親になるのはやめてね。いつか爆発してしまうかもしれないから。子どもを傷つけてしまうかもしれないから。どうか、どこかの時点で痛さを手放してください。
帯には「人を好きになること、誰かと暮らすことの、危うさと幸福感を、みずみずしく描き挙げる感動の小説集」とあるが、ちょっと違うような気がする。わたしがこの小説集を読んで最も強く感じたのは、底知れぬ深みにはまり込みそうな危うさであり、それは幸福感とはほど遠かった。そして、みずみずしさというより倦怠感を感じる。
暴力は不安の裏返し。愛されたい不安だろうか? それが他者に向けられるか、自分に向けられるか? どんな人の中にも、そんな不安が潜んでいるような気がする。
ずっと前向きはしんどい。ずるずる深みにはまっていくのはいやだけど、たまには、弱い自分に居場所を与えてやってもいいんじゃないか、そんな気持ちを起こさせる小説集だった。
自分の中にも、そんな気持ちがある。この中にわたしがいる。
そして、この子たちにこう言ってやりたい。何もそんな「イタイ」思いを抱え込むことはないんだよ。好きなように生きていいんだよと。けれど、それは彼女たちも、頭ではよく分かっているのだろう。分かっているけど、こんなふうにしか生きられない、そんな声が聞こえてきそう。
一言だけ付け加えさせてほしい。そんな痛さを抱えながら親になるのはやめてね。いつか爆発してしまうかもしれないから。子どもを傷つけてしまうかもしれないから。どうか、どこかの時点で痛さを手放してください。
帯には「人を好きになること、誰かと暮らすことの、危うさと幸福感を、みずみずしく描き挙げる感動の小説集」とあるが、ちょっと違うような気がする。わたしがこの小説集を読んで最も強く感じたのは、底知れぬ深みにはまり込みそうな危うさであり、それは幸福感とはほど遠かった。そして、みずみずしさというより倦怠感を感じる。
暴力は不安の裏返し。愛されたい不安だろうか? それが他者に向けられるか、自分に向けられるか? どんな人の中にも、そんな不安が潜んでいるような気がする。
ずっと前向きはしんどい。ずるずる深みにはまっていくのはいやだけど、たまには、弱い自分に居場所を与えてやってもいいんじゃないか、そんな気持ちを起こさせる小説集だった。


